突き詰めても、突き詰めても、つまりは不完全性思考
by hirokira1
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2004年 06月 14日
★更新遅延のお詫び
ここのところ、日記の更新やレス、「足跡返し」などが思うように出来ない状況です。

ノートの不調と出先ゆえの余裕の無さが原因です。

ここのページは(ほぼ)毎日更新ということだけが「売り」だったのですが、なかなか思うようにはいかないものです。

身辺の方もいろいろと慌ただしくなってきております。今後は「毎日更新」というわけにはいかなくなるかもしれません。

御心配をおかけすることもあるかもしれませんが、今後も可能な範囲で更新していく予定ですので、引き続きよろしくお願いいたします。

旅先より、取り急ぎ。
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by hirokira1 | 2004-06-14 07:29 | Cafesta過去ログ
2004年 06月 10日
あえて「報ステ」古舘クンにエールを送る
昨日の「報ステ」を見ていて、目が点になった。

古舘が新聞2紙を取り上げて、日米首脳会談の時にブッシュと小泉が握手する写真を比較している。
一方は普通のアングルで、一方はブッシュに小泉がすり寄っているように見えるアングル。
古舘は「こっちを見ると日米は対等の関係に見えるけど、こっちを見たらやっぱり親分・子分関係に思える」みたいなことを言って、「この会談をどう評価するかについて、僕は今日一日揺らいだままでいるんですけど、どうでしょう?」と脇の加藤千洋氏に話を振る。
「そうですね、新聞をよく読んでいただいていると思います」

上のやりとり、多少表現が違っているかも知れない。ご記憶の方があれば、確認して欲しい。
それにしても、凄まじい光景、と言うしかない。

2紙の写真の差について言えば、一面トップを飾る重要な写真である以上、新聞社のお偉いさんが選んで載せたもののはず。
様々なアングルから撮った多くの写真から、新聞社のスタンスを表現するのに最も適した一枚を敢えて選ぶのだ。
この2枚の写真の差が示すのは、単に新聞社のスタンスの違いに過ぎない(ちなみに、後者が朝日新聞です。わかりますよね^^;)。
そんなところで立ち止まって揺らぎ続けてる古舘クンって、一体・・・。
今週ずっとメディア・リテラシーがらみの話をしてきた私など、見てるだけで恥ずかしくなってしまう(^^;;;

加藤さんは朝日新聞の編集委員だから、この辺りの事情については、当事者もいいところだ。
多分、古舘クンは加藤さんはもとより、スタッフの誰にも相談せずこのネタを本番で「披露」してしまったのだと思う。
こうまで率直に「無教養」をさらされると、さすがの加藤さんもフォローのしようが無かったのではないだろうか。
それにしても、「新聞をよく読んでいる」というセリフは、どうやっても皮肉以外には聞こえないのだけれど・・・。

先日紹介した「「久米宏」論」では、「Nステ」が如何に周到に仕掛けられたプロジェクトだったかが詳細に記されている。
かたや古舘クンの「報ステ」は、な〜んも考えてない。「今日、何があったか」というキャッチコピーが全てを物語っている。

今さら指摘する程のことでもないが、この古舘クンと前任者の久米宏との落差は凄まじい。
恐らく、アメリカ大統領に例えればビル・クリントンとジョージ・ブッシュJrくらいの差はあるだろう(笑)。

ただ、ここまで報道に対して真っ白な状況を見せられると、逆に応援したくなるから不思議なものだ。
言ってみれば、ゼロからスタートして少しずつ成長していく(であろう)子どもを見守るような心境である。
これほどに舞台裏が透けて見えるような報道番組が、かつてあっただろうか?(皮肉ですが)
比較対象としての「Nステ」があるだけに、成長過程を確認しながら見守っていけるというのは、別の意味でと〜っても有意義なことかも知れない(もはや、ニュース番組の見方とは言えないけどね)。

ブッシュJrだって、あのIQでもちゃんとアメリカ大統領の激務をこなしているではないか(内容ははなはだ問題ありだけど)。
古舘クンの場合はたかがニュース番組。できないわけがない。
ただ、ブッシュJrにならって、それなりのブレーンを揃える必要はあるだろう。早くどっかから引き抜いて来なきゃ。

別に「報ステ」だけがニュース番組じゃない。こんな番組が一つくらいあってもいいじゃないか(笑)。
さすがにこれで成長終わりってわけじゃないだろうから、当分は勝手に見守ることにしようと思う。
そうすれば、日記のネタにも事欠かないだろうし・・・(←それがホンネか?)。
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by hirokira1 | 2004-06-10 21:32 | Cafesta過去ログ
2004年 06月 09日
どうなる地上デジタル放送?どうするテレビ業界??
昨日の小ネタ(どこがやねん!)に引き続き、今日はMAMO氏のサイトから、本命の大ネタを。

あと7年経つと、現在どの家にもあるテレビが“ただの箱”になるかも知れないという話をご存じだろうか?
2011年7月24日までに現行のテレビの「地上アナログ放送」は終了し、デジタル放送に移行する。
このことは、2001年7月25日に施行された「電波法の一部を改正する法律」で決定済みの「国策」である。

恥ずかしながら、私はここのサイトを知るまで、どういうことなのかまるで理解していなかった。
だが、MAMO氏が書いている様々な解説記事・論文を読むと、この「国策」が如何に杜撰で支離滅裂なものか、よくわかるのだ。

ひとまず、「地上デジタル放送の現行計画「すでに破綻」の決定的な理由10」から、見出しのみ引用しておく。


1 1億2〜3000万台のテレビ置き換えが物理的に不可能。

2 ハイビジョン中心だが、視聴者・国民大衆の多くは高画質・横長に興味なし。

3 テレビの6割が小型だが、それはハイビジョンに適さず、どうなるか不透明。

4 2011年段階で民放は地上デジタル放送を全世帯の2割(900万世帯以上)に届けられない見通し。

5 アナアナ変換が終わらないため、2006年末までに全国で放送開始は不可能。

6 全国CATVや都市難視聴CATVのデジタル化対策が一切手つかず。

7 売りのひとつ携帯受信のメドが立たたず、局のメリットも見えない。

8 民放は基本的にサイマル放送だから、高画質・横長以外の魅力に欠ける。

9 計画の責任の所在が極めて不明確。国は総務省以外何もしていない。

10 テレビは視聴者・国民大衆のものなのに、その意見も都合も一切聞いていない。


そもそもテレビの生産台数から見て、7年後のアナログ放送打ち切りには絶対に間に合わない。
今から国内のテレビ生産を全てデジタルに移行しても間に合わないのに、今流通している大部分はアナログテレビ。
この一点だけでも、どうしようもない計画だということが言い切れる。

「地上デジタル放送」の利点として、高画質化、データ放送、EPG(電子番組ガイド)、情報の双方向化、携帯での画像受信、多チャンネル化などが挙げられるが、そのうちデータ放送、EPG、情報の双方向化については、既にインターネットで代替可能な機能に過ぎない。
だいたい、情報の双方向化については、別に通信回線での接続が必要だ。「地上デジタル放送」とは本質的に関係ないと言ってもいい。

また、携帯での受信についても、電池の問題を考えればすぐに実用レベルにはならないだろう。現状ではあくまで「おまけ」。

すると、残ったメリットと言えば、「高画質化」と「多チャンネル化」くらいになる。

「高画質化」については大型テレビでしかメリットがないこと、またテレビの「本質」には関係がないことは既にMAMO氏も繰り返し述べている。
ハイビジョンで「笑っていいとも」を見たがる視聴者が何人いる?
少なくとも現在のテレビをすべて粗大ゴミにして、新たに高価な機器を買わせるほどの価値はない。

もう一つの「多チャンネル化」については、実はMAMO氏はあまり論じていない。
というか、そもそもNHK以外で多チャンネル化など実現しない、というのが氏の見解である。
そういう意味では、放送のデジタル化によって多額の出費が強いられても、我々が見ることになる番組の内容はさして変わらない。
この問題について、ちょっとだけ補足しておきたい。

NHKを除く民放各社は、基本的に広告収入を基盤にして番組を制作・放送している。
広告料は商品を多く売るために支払われるから、総体としての広告料支出(収入)の額は商品流通経済の規模に比例すると考えて良い。
古い統計だが、MAMO氏の論文から引用すると、99年度でNHKを除く民放各社の売上高は約2兆1600億円だそうだ。
このうちの9割以上を広告収入が占めるという。広告収入に当てられるお金は、元はといえば商品の値段に含まれて消費者が払ったものである。
消費税に換算すると、約1%分が民放テレビを放送するために消費者=視聴者が払っている対価と言える。

この約2兆円のお金がどう配分されるかが、各民放・各番組の盛衰を決めるといってよい。
その意味では、視聴率システムは広告収入を配分するルールの一つに過ぎないのである。
多チャンネル化すれば、当然一つ一つのチャンネル、一つ一つの番組を見る視聴者の数は減る。視聴率も、落ちる。
広告収入の総額が増える、つまり日本の商品流通経済が拡大することがなければ、チャンネルは増やしようがない。
高度成長時代ならいざしらず、現在の日本経済には望むべくもない。
自らの首を絞めるような多チャンネル化に民放が踏み切る可能性は、(コンテンツの増大という点から見れば)限りなく低い。

さらに言えば、テレビというメディアそのものの地位も、広告媒体全体から見れば「地盤沈下」している。
今ならテレビゲームも、レンタルビデオもある。インターネットもあるし、携帯でも大抵のことはできる。
一日の中で、テレビ視聴に使われる時間は、減少することはあっても増えるとは考えにくいのだ(ながら視聴というのはあるが、広告効果の視点からは見てないようなものだし)。
さらにCMそのものについても、リモコンの普及でザッピング視聴が当たり前だから、広告効果もそれだけ低下している。
先に挙げた2兆の広告収入は、長期的には減少に向かうのではないか。
視聴率=CMシステムに代わる新しい収入システムを見つけられなければ、テレビ業界はじり貧の斜陽業界にならざるを得ないだろう。

ここまで書くと、とてもじゃないが新しく高価なデジタルテレビなど買う気にはなれない。
いくら7年先の“ハルマゲドン”を突きつけられても、私はまっぴらご免である。
だが、安心して欲しい。
MAMO氏は、こんな計画は破綻するに決まっているから「国民大衆・視聴者のみなさんはあまり心配は要《い》らない。」と断言している。
私も、少なくとも「ペイオフ解禁」の延期よりは確実にこの計画は延期されると確信している(笑)。
それにしても、たかが一ジャーナリストに「破綻する」と断言されてしまう「国策」って、一体・・・???

少なくとも、国が決めたことだからと仕方なく高価なデジタルテレビを買う必要は、全くない。
心ある電気屋なら、そもそも絶対薦めないはずだから、多分大丈夫だとは思うが・・・。

それにしても、こんな「国策」がまかりとおる日本って、一体・・・???
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by hirokira1 | 2004-06-09 20:30 | Cafesta過去ログ
2004年 06月 08日
「ナンチャッテ反体制」ノススメ
今日は昨日の日記からの続きということで、MAMO氏のサイトから。
「日録メモ風の更新情報」以外にも多くの文章が読めるのだが、本題は明日にとっておいて、まずは「「久米宏」論」を紹介したい。

久米宏。今年3月で終了した「ニュースステーション」(以下、「Nステ」)のメインキャスター。
もう2ヶ月以上経ったが、まだ何とか覚えている人も多いのではなかろうか。
その久米宏と「Nステ」の登場と「成功」の経緯を分析したのがこの文章である。
随分読み応えのある内容である。長文だが、「Nステ」終了前後には相当のアクセス数を記録したらしい。

で、私が特に注目したのが次の一節である。念のため一通り引用しておきたい。

--------

 (前略)・・・そして、以下に掲げた大下英治のインタビューに対する返答が、久米の政治的な「立場」である。

「ぼくは、社会党が政権を取ったら、アンチ社会党になりますから。これは間違いないです。共産党が政権取れば、アンチ共産党です。だいたいマスコミが政権と同じところに立ったら、めちゃくちゃですから、その国は。なぜ反自民かというと、政権を取っているからです。それ以外には、理由はないですね」(「アサヒ芸能」92年5月14日号)

 だから久米のコメントは、自民党の独裁が続く間は、自民党にとって耳障りなものとならざるをえない。そして、この久米のコメントや言外のメッセージが、ニュースステーションを「政治のテレビ化」現象を主導したパイオニア的な番組のひとつにする下地をつくっていった。

--------

久米宏の「政治性」と呼べるものは、以上で語り尽くされている、と思う。

93年の自民党惨敗から細川政権誕生に至る過程で、久米の「Nステ」や田原総一朗の「サンデープロジェクト」が世論の動向に大きな影響を与えたとして、久米の「反体制」的言動を目の敵にする政治家は多い。
久米自身は学生運動世代で、実際にもアジ演説などしていたらしい。そういった経歴を踏まえて「左翼」的と非難する向きもある。

が、いずれも過剰反応、あるいは久米の一面を過大評価しすぎている。

近代以降の社会制度は、基本的に権限の分散と相互チェックのバランスの上に成り立っている。
日本では不完全な仕組みだが、学校で習う「三権分立」なんて発想はその一例である。
政権を担う「体制」と、その「体制」に政権を託す国民の関係もしかり。
多くの権限を国民に代わって行使する「体制」に対して、国民が厳しいチェックを加えなければ、そもそもバランスが成り立たない。
そのためにメディアは「体制」とは異なるスタンスから、国民のチェックを保証しうる報道をする必要がある。
ある程度成熟した民主主義社会においては、極めて常識的な発想である。

要は、「体制」に対して異議を唱えるメディアの存在は、民主主義という「体制」を維持するために不可欠なのである。
そう言う意味では、久米宏は極めて「体制的」と言える。
彼の「アンチ自民党」は、いわば「ナンチャッテ反体制」と言う程度の、極々かわいいものだったのではないか。
それは、むしろ久米なりの「ニュートラル」な立場を保証するための小道具に過ぎなかったというのが、私なりの見解である。

たぶん、他の民主主義国家なら、この程度の「反体制」など問題にもされないだろう。
それが日本だととりわけ目立つ。確かに久米は目立っていたと思う。
その原因は、恐らく銀行以上にガチガチの「護送船団体制」のテレビ業界の体質に求められるはずだ。
テレビというメディアは、我々の想像以上に「体制」的なのだ。それを盲目的な「お上意識」が後押ししている。
このあたりの事情は、やはりMAMO氏のサイトで確認していただきたい。

「ニュートラル」な報道を標榜していた後任の古舘伊知郎は、間もなく態度を変え、「ナンチャッテ反体制」路線に転換した。
今のところあまり板に付いていないように見えるが、まあ他に取りうる選択肢もなかったから仕方ない。
古舘が成功するかどうかは別にして、「ナンチャッテ反体制」の視点は絶対に必要だと思う。
与党政治家たちの度を超した「御乱行」も、この国のそういった視点の欠如と無関係ではないような気がする。

【追記・6/9 21:25】
「久米宏」の仕事について、私は相当に評価している。
が、少なくとも5年後、10年後に語り継ぐほどの人物でもないとも思っている。
彼を語り継がなければならないような将来があるとしたら、それは相当に暗い将来だと言えよう。
誰もに忘れ去られる時は、そう遠くない。
だからこそ、今のうちに「「久米宏」論」は読んでおいた方がいい。
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by hirokira1 | 2004-06-08 21:20 | Cafesta過去ログ
2004年 06月 07日
リンク先勝手にレビュー(3) すべてを疑え!! MAMO's Site
メディア・リテラシーの重要性が叫ばれて、既に久しい。
媒体を通じて提供される情報を如何に読み解くか。そして如何に発信するか。
最近では学校教育の中でも扱われるそうだから、リテラシー能力は随分向上しているかと思っていた。
だが実際に重大事件が起こると、その事件の深刻さ以上にリテラシーの「貧困さ」が浮き彫りになってしまう。

私は、特に「メディア・リテラシー」なるものを学んだこともないし、語る自信もない。
だからその代わりに、この問題を考える上で有用なサイトを紹介する。

このサイトの主、坂本衛氏(以下、MAMO氏)は本人曰く、「ライター(文筆業)またはジャーナリスト」だそうである。
ただ、特に放送・テレビの実情に詳しいので、放送ジャーナリストとお呼びしても構わない、と思う。

メディア批評誌「GALAC」の編集長も務めているMAMO氏の取材対象は、テレビの現場が中心になる。
だが、テレビの現場を定点観測していると、テレビを仲立ちに結びついている社会と視聴者の関係がよく見えてくるものらしい。
社会全体の中で、テレビという媒体は一体どのような位置を占めているか?
単なる「テレビ業界オタク」では、このような問いには絶対に答えられまい。

MAMO氏のジャーナリズムを一言で表すと、やはり「すべてを疑え!」ということになるだろうか。
現場の出来事をそのまま伝えているように思える映像も、実は様々な価値判断のふるいにかけられた一面のイメージに過ぎない。
今見ている映像が目の前に出てくるまで、どのような価値判断によって「加工」されたのかを疑わなければ「真実」には近づけない。
単なる「懐疑論」ではないMAMO氏のメディア・リテラシー、具体的にはサイトの方で読んでいただきたい。

取り上げるべきことは山ほどあるのだが、取りあえずはトップページで読める「日録メモ風の更新情報」をお勧めしておく。
テーマ別の各論とは別に、毎日メディアで流れるニュースをMAMO氏がどう読み解いているか、簡単に知ることができる。
今回の小六女児殺害事件についても、相当詳しい解説が書かれているので、関心をお持ちの方は必読であろう。

ちなみに、民主党の議員さん達もこの日録のファンが多いそうだ。
だったらもっと政策に生かしたらどうだ?というのは、ここの読者の多数意見だと思うが(苦笑)。

自分の「メディア・リテラシー」に自信のない方は、とりあえずこの日録メモの見方をスタートラインにするとよいかも知れない。
ある程度は周辺の事情に目配りできる状態で、自分の受け止め方を模索する手助けになるはずだ。
ただ、この日録メモを鵜呑みにすることはお勧めできない。それこそMAMO氏に「すべてを疑え!」と叱られる。
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by hirokira1 | 2004-06-07 20:53 | Cafesta過去ログ
2004年 06月 06日
★アクセス数アップのためのTips?〜Cafesta日誌
まあ、こんな堅っ苦しい文章ばかりのページにしては、たくさんの人に見てもらってると思うのだけれど(苦笑)。

Cafestaで、自分のページに来てもらう方法は、基本的に二つ、かな。
他の人のページに残した自分の「足跡」から辿ってもらうか、あるいはサービスページから検索してもらうか、だと思う。
まだ他にもあったかな?何せ初心者なので、気付いてない方法があれば教えてください。

ここの場合も、恐らく大多数は他のページで私が残した「足跡」を辿って来ていると思う。
あ、ここで言う「足跡」は、機能としての足跡機能だけじゃなくて、書き込みで記録される「足跡」全体のことですが。
多くの人はそうやってあちこちのページを訪問し、書き込みしてアクセス数を増やしているはず。
というより、そうしないと「友達」ってできませんしね。
まさに「コミュニケーション・ポータル」たる所以ですな。

ただそれ以外にも、ちょっとした工夫でアクセス数って上がるような気がする。
最初に挙げたうちの後者の方、Cafestaのサービスページからの検索の効率に着目すればよいのである。
私は基本的に日記しか使わないので、日記関係に限定されるが、いくつかやり方はある、と思う(いつになく弱気^^;)
以下、思いついたままに挙げてみると・・・

・タイトルと最初の2,3行に、読者の注意を引くキーワードを入れておく。
 検索画面で表示されるのは、基本的にタイトルと冒頭の2,3行だけ。
 ここでクリックする・しないを判断されるのだから、如何に冒頭をうまく書き始めるかが大切である。
 間違っても、「堅っ苦しい文章」なんて書いてはいけない。読む気が失せるから(笑)。

・カテゴリーの指定で、あまりに対象が多すぎるカテゴリーで書き込まない。
 とにかく、「日常/生活」だけは避けましょう。あまりにライバルが多すぎます(苦笑)。でも今日は「日常/生活」だったりして(爆)。
 私の日記がほとんど「社会・政治」になっている理由、おわかりいただけたでしょうか(いや、違うような気が^^;)
 といっても、そもそも探す気にもならないようなカテゴリーに登録しても、気付いてもらえません。
 個人的には、大きな事件があった時の「時事ニュース」とかはお勧めです。

・更新する時間は、できれば日付が変わってから間もない時間にする。
 やはりどうせ読むなら新着のものがいいでしょうからね。
 「今日」で探すのが一番普通だとすると、やはり日付が変わって間もなくに更新するのが一番効率がいいです。
 ここの日記のように、夜遅くに更新すると、なかなか気付いてもらえません(笑)。

・日付が変わったら日記の内容を修正して、「今日」の日記として検索できるようにする。
 以前書いた日記でも、その日に修正すると「今日」の日記として検索されるのです。
 したがって、日付が変わってからこっそりスペースでも付け加えれば、ずーっと「今日」の日記なのです(笑)。
 もしかしたらスペースすらいらないかも。
 まあ、あまり多用すると信用なくすと思いますけどね。

・自分の日記を繰り返し表示して、見かけ上のアクセス数を増やす。
 検索ページでは、タイトルの横に括弧付きでアクセス数が表示されます。
 アクセス数が多ければ、人気がある日記と勘違いされて、さらにアクセス数アップ間違いなし!
 ただし、あまりにむなしいので、決してお勧めはいたしません。
 逆に、本当に読んでもらえてるかどうかわからなくなって、本末転倒という噂も・・・^^;

他にもいろいろ工夫の余地はあるのでしょうねぇ。
もしよろしければ、どなたでもお教えいただけるとうれしいです。
ただし、私自身はたぶんやらないだろうとは思いますが。
そもそもアクセス数気にしてたら、ここまで堅苦しいテーマが並ばないって。

これからも、覗きに来てくれた方、書き込みしてくれた方を大事にして、細々とやっていきますので、よろしく!
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by hirokira1 | 2004-06-06 22:16 | Cafesta過去ログ
2004年 06月 05日
美談に隠される“真実”とは
巨人の清原選手が2000本安打を達成した。
あちこちで大騒ぎしてるらしい。
カープの嶋選手が首位打者の座を死守している。
どこを見ても大騒ぎしている様子はない。

嶋重宣。プロ10年目。
年俸700万かそこらで、いつ解雇されてもおかしくない選手だった。
それが開幕から打ちまくり、5割を超す打率を叩き出す。
「55」に変えた背番号から「赤ゴジラ」のニックネームが付き、一時は大フィーバーになった。

折しもカープが首位に立ち、巨人が低迷していた頃だ。
「野球評論家」たちはこぞって嶋を、そして若手選手の活躍で好調のカープの経営を褒め立てた。
自ら志願して中継ぎに回った大ベテランの佐々岡のエピソードも“美談”に華をそえた。
そして年俸が億単位のプレイヤーを並べながら今一つ調子の上がらない巨人のやり方をこき下ろした。
「若手を育てて活躍させるカープは素晴らしい。金に物をいわせてスターを集めるだけでは勝てない」と。

このような論調に異を唱えた人は、私の知る限り上田哲之氏くらいだ。
(ちなみに上田氏の文章は、リンク集の「SPORTS COMMUNICATIONS」で読むことができる。)
上田氏はプロの「野球評論家」ではないが、すぐれて明晰な論理で野球を分析した文章を多く書いている。
何よりも野球ファンであり、カープファンである。
氏は持ち前の論理的分析で、カープの好調がその「戦略」ゆえでもなく、その「経営」ゆえでもないことを力説している。
「経営」や「戦略」で優れているなら、どうして長年Bクラスに低迷したままなのか?
全くもって、正論と言うしかない。

あれから一月あまり経った。
巨人は首位に立ち、カープは下位に低迷している。
今の時期に「もっと若手を育てろ!」などと巨人に注文をつけることができる「評論家」、果たして何人いるだろうか?
清原の話題に水を差すようなこと、なかなか言い出せないだろうな・・・。

なぜ嶋選手が10年目で大活躍することができたのだろうか?
本人の努力、才能の開花はもちろんだが、一番の理由は「カープの選手層が薄かったこと」である。
江藤や金本はFAで移籍してしまった。外からFA選手が移籍する可能性は、ない。資金力がないから、ドラフトで即戦力選手を獲得することも少なく、実績のある「ガイジン」選手もなかなか呼べない。また素質は超一流の野村・前田・緒方はいるが、いずれも古傷を抱えて本来の力を発揮できない。(もっとも、怪我さえなければみんなFAでカープを離れていた可能性が高いが・・・)
どんなに実力があろうとも、試合で使ってもらえる条件がなければ、どうしようもない。

巨人の場合、年俸ン億円のスター選手が、ベンチを温めるほど余っている有様だ。彼らを使わないということは、そのスター選手を否定するとともに、彼らを雇っている球団経営を否定することになる。
恐らく、そんなスター選手と“同等程度”の実力を持っている程度では、試合に出続けることすら危うい。

そう考えると、件の「野球評論家」たちの「カープ評価」が如何にいい加減なものか、気付いていただけるのではないか。
彼らにしてみれば、不振の巨人をこき下ろせるネタなら、何でもよかったのではないか?
カープのような弱小球団が抱える構造的な問題など、眼中にもないのだろう。
一貫してカープを見続けてきた上田氏からすれば、あまりにも表層的で、無責任な「誉め言葉」に違いない。

巨人偏重によって歪みきった日本プロ野球の収益構造。それを助長するドラフト・FA制度。
カープの“美談”と裏表に、こうした問題は手つかずのまま残されている。

「巨人と自民党を解体しなければ、日本は変わらない」というのが、私の持論だったりする。
別に「アンチ巨人」ではない。「アンチ巨人」は巨人中心のいびつな構造に依存しなければ成立しない。そして、そんないびつな構造をむしろ助長するものですらある。
「野球評論家」たちの“美談”も、やはり同じ構図の焼き直しでしかないとしか思えない。

そのうち、第二、第三の「嶋」が出てくるかも知れない。
しかし、その時まで「カープ」というチームが存続し得るのか?そっちの方がはるかに深刻な問題だ。

バッシングに隠される“真実”も恐ろしい。しかし、美談に隠される“真実”は、もっと恐ろしい。
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by hirokira1 | 2004-06-05 22:54 | Cafesta過去ログ
2004年 06月 04日
本当に、それしかないのか?
いきなり問題。

「空にいる虫って、どんな虫?」

ご存じの方もいるかも知れない。某クイズ番組で最近出題された問題である。
たまたま目にしただけの「なぞなぞ」番組だが、案外ファンがたくさんいるらしい。
キャッチコピーは、「柔軟な思考を手に入れよ!新型クイズバラエティー」だそうだ。

4人のゲストが視聴者から寄せられた問題を解いていく。
解けた者は別室で悠然とくつろぎ、解けない者にちゃちゃを入れる。
解けない者には段階的にヒントが出る。最後に残された者はくやしがる。

まあ、それだけの番組。















正解。「空」という漢字の中で、ウかんむりの下に書かれている二文字の虫。つまり「ハエ」・・・だそうだ。
まあ、それはそれでいいのだけれど・・・。


気になったのは、はしのえみ(山口もえだったかも^^;)が最初に答えた解答の「クモ」が、あっさりと不正解になったことである。

なんで???

厳密に言えば、生物学的には昆虫類とクモ類は区別されるから、クモは「虫」じゃないと言い張れないこともない。
だが、それならクモを答えとする設問は、どういう言葉を使ったらいいのか?
まさか、「・・・は、どんな節足動物?」なんて聞かないだろうし(ちなみに、昆虫・クモの上位概念は「節足動物」らしい)。

生物のテストならともかく、「なぞなぞ」ならばクモを「虫」に含めても不自然とは言えないだろう。
本来は、出題する時に「『どんな天気の時も、いつも』空にいる虫って、どんな虫?」とか、「空にいる『昆虫』って、どんな『昆虫』?」とか聞くべきなのだ(それならば、少なくとも「クモ」という答えは排除される)。
そういう配慮をせず、唯一の正解として「ハエ」と答えることのみを要求するスタッフは、果たして「柔軟な思考」をしているのだろうか?
そんな番組を見てしまったおかげで、私の頭はすっかりガチガチになってしまった。

どなたか、私に「柔軟な思考」なるものを、教えていただきたい。


このように、別の答えが存在しうるような問題に対するチェックは、以前に比べて随分甘くなった気がする。
記憶に新しいところでは、クイズ・ミリオネアの裁判なんてあったし。
クイズ番組はお気楽でいいよね。
これが大学入試だったら「出題ミス」と大騒ぎになり、大学はさらし者、出題者は責任を問われる。
その割には、その手のニュースもよく耳にするようになったんだけど・・・だみだこりゃ^^;


前フリが長くなったので、簡潔に本題。

最近のいろいろな出来事を見ていると、短絡的な発想や行動が如何に多いことか。
三菱自動車の「隠蔽」事件しかり。
BSE騒動に便乗した牛肉偽装事件しかり。
与党が強行採決に踏み切った年金法案の審議しかり。

「本当に、それしかないのか?」という自らへの問いかけを、意図的に拒否しているようにしか思えない。

小六女児事件については現段階であれこれ言いたくないのだけれど、
たとえ彼女が「何も殺さなくても、他に選択肢があるんじゃないの?」と自問出来なかったとしても、私にはとても他人事とは思えない。
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by hirokira1 | 2004-06-04 20:57 | Cafesta過去ログ
2004年 06月 03日
リンク先勝手にレビュー(2) 浅井久仁臣「私の視点」
前回とは対照的な、正統派のジャーナリストサイト。
紹介しておいて何だが、前回の勝谷氏のサイトはR指定かけた方がいいのでは、と思うくらいアブナイ(特に表現が、ね^^;)。
それに比べると、今回は安心して紹介できる。

浅井氏はAP通信記者からフリーランス・ジャーナリストになり、長年にわたって中東その他の戦場取材に携わってきた。
AP通信は、戦場など危険な現場の取材には定評があるそうだ。
そういう意味では、相当に体系的なジャーナリズムの方法を身につけてきた、と言えるかもしれない。

イラク・パレスチナ関係の情報は非常に行き届いている。大手新聞サイトと併読する価値はあると思う。
一方で、北朝鮮など自分のフィールド外のニュースについては、基本的にでしゃばらない。
十分な取材経験がない領域には極めて慎み深い。ある意味、職人気質を感じる。

浅井氏は今回のイラク戦争には現地取材に赴いていない。
戦場に赴くにはそれなりのバックアップ体制と資金が必要だから、大手メディアと契約できなければ行かない。
危険な現場で内容の充実した情報を手に入れるには、欧米式のそういう契約と保証が不可欠なのだ。
だから、若手のフリージャーナリストが安い報酬で戦地に赴くことに対して、警鐘を鳴らす。
この辺りの事情は、「私の視点」コーナーのジャーナリズム論を読んでいただくと、よくわかる。

思うに、こういった氏の基本姿勢が、橋田さんとは「場合によっては、対立する立場」ということなのだろう。
橋田さんなら、そんなことを言い出したら戦地に行きたくても行けなくなるじゃないか、と言いそうな気がする。
そして、そういう意見はたぶん正しいのだ、とも思う。

ただ、浅井氏のこのこだわりは、我々ニュースの受け手としての社会と現場との関係を考える上で、とっても貴重なんじゃないだろうか?
社会にとっては、普通には入手できない戦場の情報が必要である。
戦場での取材活動は、たとえフリーのジャーナリストであっても、社会のそんな要請を受けて行われているのである。
したがって、浅井氏がこだわる契約は、こうした社会と現場=戦場との関係を具体的な形で保証すべきという主張だと言えるのではないか。

こういう考え方は、あのイラク人質事件で猛威をふるった「自己責任」論の本質を考える上で、参考になると思う。
混乱の度を深めるイラクの現場に対して、日本社会が何の責任も負わなくてよいはずはないのだし。
少なくとも朝日が郡山さんとそういった契約を結んでいたら、事態はどうなっていただろう、とふと思ったりもする。

浅井氏が考えるそれなりのバックアップ体制と資金だが、そう考えるとケチるほどのものではないような気がする。
恐らく、日本国民が一人1円でも出せば、浅井氏のようなプロフェッショナルのジャーナリストを何人も送り込めるはずなのだが。

私、1円くらいなら出すよ。ビンボーだけど、それくらいなら出せるし。
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by hirokira1 | 2004-06-03 21:31 | Cafesta過去ログ
2004年 06月 02日
「究極のエゴイズム」
今日は何だかありがちなテーマで恐縮です。

普通、エゴイズムは「利己主義」と訳されるようです。
「自分さえ良ければ、それでいい」というような、周りのことを省みない自分勝手な考え方と見られがちですが・・・。

本来エゴイズムとは、人の行為を「自分自身の利害」に動機づけられるものとして解釈する考え方だそうです。
言い替えると、人間というのはそもそも自分自身にとって損か得かを判断して行動する生き物だ、という物の見方です。
エゴイズムの立場から見ると、人にとっての目標は「自分自身の最大幸福」ということになります。
つまり、自分にとって一番得になるように人は行動し、生きていくというわけです。

ところが、エゴイズムに従って生きるにしても、その行動は人によってまるで違ってきます。
その差をつくるのは、「どこまでの範囲で自分自身の損得を考えるか?」という問題です。

目先の利益にこだわる人は、非常に狭い範囲で損得を考えます。
そういう人が得られる利益は大抵少ないですし、意識の範囲外では往々にして大損していたりするものです。

もっと大きな利益を得ようとすれば、より広い範囲で損得を考えないといけません。
気を配らなければならない範囲は増えて大変ですし、その利益を手にするまでには相当の時間がかかります。
ただそういう人は、存外思いがけないところで別の「利益」を手に入れたりするものです。

何に対して「利益」を見出すことができるかというのも、重要な問題です。
「お金」や自分の「満足」だけにしか「利益」を見いだせない人もいます。
他人が成功しているのを見る「幸せ」や、自分が失敗した「経験」の中にも「利益」を見いだせる人もいます。
どちらがより多くの「利益」を手に入れることができるのかは、言うまでもないでしょう。

人間という生き物は、所詮それほど広い世界には生きられません。
大抵は100年以内に死にますし、目の届く範囲、手の届く範囲もたかが知れてます。
それでも、その限界の中で可能な限り広い視野と意識を持って生きていけば、案外たくさんの「利益」が得られるものです。
そういう意味では、私も「エゴイスト」の道を究めてみたいと思っています。

昔は、「アメリカ」という国はその意味で模範的な「エゴイズム」の国だ、と思っていた時期もあるのですけどねぇ。
「まわりが見えなくなる」ってことは、つくづく恐ろしいことだと思います。
さて、日本の社会はどうなるのでしょう・・・不安です。
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by hirokira1 | 2004-06-02 20:24 | Cafesta過去ログ