突き詰めても、突き詰めても、つまりは不完全性思考
by hirokira1
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2004年 05月 31日
「南京事件」、ネット上で学ぶ難しさ
近現代史を学ぶことは、つくづく難しい。
資料は多い。しかし「当事者」としての引力に囚われすぎないように気をつけるのは大変なことだ。

ふとしたきっかけで、「南京大虐殺」について調べている。
といってもその筋の専門家でもないので、とりあえずぐぐってみるだけだが(苦笑)。

「虐殺」否定派のサイト、随分とネット上にあふれかえっている。
どれを見ても論理展開は大差ないので、あまり真面目に読むと疲れてしょうがない。

一方、肯定派のサイトも、実はあんまり面白みがない。
「再検証なんてやるまでもない」と高をくくっているサイトから、学ぶべきことはあまりないのが現状だ。

この状況、何とかならんのか?

否定派の論理は、かなり危ういというか、最初から破綻しているものが多い。
一例だけ挙げれば、「人口20万の南京で30〜40万も犠牲が出るはずがない」という主張。
20万は城内だけの数字に過ぎないし、「虐殺」が指摘されている地域はそれより遥かに広域である。
(ついでに付け加えておくと、日本の実証研究者で犠牲者数30〜40万を主張する人はいない)
言ってみれば「関東大震災の被災者は山手線内の居住人口より多いから嘘っぱちだ」というくらい無茶である。
(ちなみに上の例えは統計的なデータを参照してません。念のため・・・)

肯定派の論理や論拠についても、自説に都合のよい形でしか触れていない。論争の全体像をつかむためには、いちいち論理を検証したり、触れられていない論拠を別に引っ張ってくる必要がある。

とはいえ、大抵の人にとって、こんな論理の点検作業なんてやってられないはずだ。こちとら、この問題についてどういう認識を持っておけばいいのか、確認したいだけなのだから。
そういう意味では肯定派のサイトも、大した知見を得られないという意味では、同様に役に立たない。

政治的意図から自由な立場で、ひたすら事実検証をするサイトでなければ、使えない。

わずかな時間で調べた範囲だが、その限りで一番簡便かつ有用そうなのは、Wikipediaの「南京大虐殺」の項目だった。
情報がちと古いが(大学時代に習った内容と大して変わらんし^^;)、論争の要点がよく整理されている。

より詳しいサイトとしては、その項目からリンクが張ってある「南京事件 小さな資料集」がお勧め。
URLは、http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/
ここで行っている作業は、主要な文献の読み合わせに過ぎないが、論争の「現場」を伺い知るには十分だと思う。
私のようなぐうたら人間にはとても真似できない、地道な作業の積み重ねに、ひたすら敬意を表したい。

私自身は、南京の「大虐殺」記念館に2回ほど行っている。
不思議なことに、見かけた観光客は日本人の方が多かった(苦笑)。
あんなにへんぴなところにあるのに・・・それはそれで凄いことだと思う。
真剣に、歴史の真実を知りたい日本人の若者は、思いの外たくさんいるのだ。
彼らが「真実」にアクセスできないがために、無意味な軋轢を生むという事態だけは、避けなければ。
もっと、プロパガンダや政治的圧力に左右されず、きちんとした検証ができるようにしなければ、と願うばかりである。
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by hirokira1 | 2004-05-31 21:33 | Cafesta過去ログ
2004年 05月 30日
★読み手・書き手のキャラクター〜Cafesta日誌
日頃は堅い文章ばかり書いているので、週に一度くらいは素の日記を書こうと思っています。
ややこしい話は苦手、という方は、タイトルに「★」をつけますので、目印にしてくださいませ。

ここの日記の方も、かなり基本スタイルが固まってきました。
1)普通の日記。気になったこと、それについて考えた内容をとりあえずまとめる。今はお堅い話ばかりですが、そのうち可能な範囲で他のことも書く予定。
2)「リンク先勝手にレビュー」。リンク集の方も、少しずつ増やしていきます。
3)「★」付きの「Cafesta日誌」。主にCafestaにまつわる感想と、このページに訪れてくれる方々へのお礼など書くつもりです。

実際、とっつきにくい話ばかり書いている割には、随分いろんな方に来ていただいております。
アクセス数を増やすなどという野望はありませんが、足跡を残してくださった方のページには時間の許す限り訪問させていただいております。

「小学生です」なんて方にも来ていただいていて、正直驚きました。
だって、こんな文章ばかりあるページなのに・・・(書いた本人が言うことじゃないって^^;)。
足跡だけならともかく、日記読んで、あまりのややこしさに頭抱えてたらどうしよう・・・。



ごめん。

ごめんね。



そのうちきっと、あなたにもわかる話を書くからね!(明日と言えない自分が悲しい・・・)


てなわけで、プロフで年齢等未公開の人でも、文章から勝手に想像して読ませてもらってます。
私も一応非公開ですけど、まあ何とか「お兄さん」と言ってもらえる年頃を想像してくだされば、幸いです。


で、思ったんですけど・・・ここの日記、実物とは全く別のキャラクターで書いたら、一体どんなふうに読まれるんでしょうね?

小学生は無理としても、例えば16才の女子校生とかで、こういう理屈にうるさい子なら、いるかも知れないし。

幸い名前の方も「ひろ☆」って、男女兼用だしね(おいおい^^;)。

てなわけで。



・・・




わたし、ひろ☆。文学と歴史が好きな16才の女子校生です。

ホントのこと言うとこわ〜いおじさんたちにいじめられるといけないので、一応男にしてたけど、

あんまり変わらないみたいだから、カミングアウトしちゃおっと。

みなさん、仲良くしてね。






それでね。








えっとね。








ん〜とね。








・・・・・・








ごめんなさい、無理でした(爆)。

変な文章読んで、気持ち悪くなった方、平にお許しを・・・。



まあ、上のような如何にも無理な設定は別として。
Cafestaのようなシステムなら、できない話ではないと思うのです。
レベルの違う話ですけど、かつて女性スポーツライターとして一世を風靡した「草野進」って人は、実は「蓮實重彦」(東大学長だった人。教育行政では悪名高いけど、まあそれはおいといて・・・)のペンネームだったって話もありますし。

要は、そのキャラクターにきちんと責任がとれさえすればよいのですよね、きっと。

そのうち、私にも無理なく演じられるキャラクター見つけたら、いつか挑戦したいな〜、とは思ってます。
Cafestaがバージョンアップして、「性転換」した人にも対応できるようシステムが進化したら(つまりプロフの性別変更可になったら(笑))、このアカウントでやるかも知れません。

そのときは、それまで同様、仲良くしてやってくださいませ(だから、やめなさいって・・・^^;)
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by hirokira1 | 2004-05-30 19:39 | Cafesta過去ログ
2004年 05月 29日
「批判」に潜む虚像の「正義」
昨日紹介した勝谷誠彦氏が、「めくら打ち」という表現に対し、その筋の関連団体から抗議を受けたという。
氏の日記では「目の不自由な方が撃ったかのような射撃」と訂正してお詫びしているけど・・・。いわゆる「言葉狩り」というやつだ。差別意識の一掃に役立つかどうかは、不明ということにしておく。

身体障害者・・・これでもまだ、差別的な表現に当たるだろうか。
身体の不自由な方たち、に対する差別を告発し、是正していく行為自体は、とってもすばらしい。
だが、かくも言葉遣いに潔癖な人たち、彼らの崇高な「正義」をどうしてもっと本質的な問題に向けないの?
そんな瑣末な問題にこだわるより、もっと差別をなくすためにやることはあるんじゃないの?
氏がわざわざそんな瑣末なことを書いたのは、そういう皮肉からだろう。
(ついでに書いておくと、氏の見解は「そんな抗議するな」ではなくて「抗議するなら、もっと大事なことも忘れるな」だと思う。きっと)

そういう「正義」だって、正義は正義。それはそれで、大切なことだと思う。
だけど、そんな「正義」を振りかざせば、何に対しても斬りつけて構わないなんてことは、ないはずだ。
北朝鮮問題に絡む家族会への「批判」と、横田さんの「弁明」の報に接すると、つくづくそう思う。
「ねぎらいの言葉がない」なんて、ガッコの先生じゃあるまいし。
まあそれ以前に、「テレビの映像は編集されたもの」という常識を持たない人が随分いることに驚いたけど。

イラク人質とその家族に対するバッシングも、同じ構図だった。
小さな「正義」を各々が振りかざすことで、かくも大きな「暴力」を生み出してしまった。
落ち着いて考えれば、もっと大きくて大切な正義が目の前にあったのに、都合の良いちっぽけな「正義」に閉じこもってしまう。
人間の、非常に身勝手な一面だ思う。もちろん、人ごとではない。

人間、あらゆる方面に目を配りながら考えたり、行動したりするのは容易ではない。手の届く範囲を限って、まずその中で何が出来るか考えるのは当然過ぎるくらい当然のこと。
だが、そんな考え方や行動を如何に相対化し、他の事々と釣り合いをとりながら進められるか。そこにこそ、その人の真価が問われる。


翻って考えると、あの3人の行動も、実は同じ様な構図に陥ってしまう危うさがないではない。
特に「劣化ウラン弾」を告発する今井くん、気を付けた方がいいと思う。
「劣化ウラン弾」は確かに重大な問題だが、生死にすら確信が持てない今のイラク人にとってはもっと深刻な問題が山積している。
軍隊を派遣している国の国民である以上、単なる中立の「告発者」ではいられない。
今回の一件で、彼はそのことをいやというほど思い知ったに違いない。

時間が経って、「十八才の勇敢な少年」という余計なレッテルがとれた後が、本当の勝負だと思う。
一人の「フリーライター」として、ちっぽけな「正義」に逃げ込まずに道を切り開いて欲しい。
そういう意味で、彼の今後の仕事には期待したい。


で、あのライオンヘアのおじさんだけど・・・何とかならない?
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by hirokira1 | 2004-05-29 22:18 | Cafesta過去ログ
2004年 05月 28日
リンク先勝手にレビュー(1) 勝谷誠彦臨時革命ページ
リンク集に登録したサイトの中でも、このサイトだけは絶対に説明をつけるべきだとずっと思っていた。

そろそろと思っていた矢先、勝谷氏が親しみを込めて「老将軍」と呼ぶ、橋田信介氏の遭難ニュース。
まだ確定情報は出ていないようだが、相当に悲観的な状況のようだ。
とはいえ数多くの死線をくぐり抜けてきた人だから、またひょっこり戻ってこないとも限らない。そう願いたい。

橋田氏といえば最近有名な著書があるが、恥ずかしながら私はまだ目を通していない。
かわりに、Yahooに登録されている氏のサイト(現在は閉鎖)をInternet Archiveで無理矢理読んでいる。
戦場カメラマンとしての経歴に似合わないソフトな文体、個人的には好きな方だ。

だが、勝谷氏のサイトで毎日更新されている日記は、まるで違う。

イラク人質事件で情報が錯綜する中、たまたま見つけたこのサイトに入ったときは、正直「ヤバイところに来ちゃったかも」と思った。
名前はかろうじて知っていたが、予備知識などまるでなかったことを、まず告白しておく。
激烈な文体の割には内容には敬服したものの、すぐに見なくなるだろうと思いつつ、しばらくはチェックすることに決めた。

あの時、状況が刻々と変化する中で、各人の主張もどんどん流されていった。もう随分昔のような気がする。
2ch系の掲示板サイトは苦手なので、一応名の知れたジャーナリスト・コラムニスト中心にチェックしていたが、やがて信頼のおけるサイト、有用に思われるサイトは限られていき、ほとんどのサイトとは縁が切れていった。

その中で、ほぼ毎日チェックする3,4のサイトの中にこのサイトが残ったことは、私にとっても驚くべきことであった。

何と言っても表現がどぎつい。「口汚い」という言葉はこういう意味だったのかと再確認させられる。
差別用語も当たり前。橋田氏の文体とは似ても似つかない。それだけで拒絶反応を起こす人は少なくないだろう。

それだけに、内容の善し悪しが決定的な意味を持つ。

正直、氏の見解と私の考えとではかなりずれるところもある。だが、筋は通っていることは間違いない。情報ソースの扱いに対する慎重さにも信頼がおけると思う。
イラクの一件で、本職のジャーナリストといえどもそうでない人が多いことを思い知らされてしまった身には、重要なポイントである。
イラク人質の3人に対する批判は相当のものだが、小泉首相や政府・自民党に対しても追求の手をゆるめない。
単なる弱い者いじめのバッシングとは、やはり一線を画していると思う。

これ以上のことは、直接自分の目で確かめて欲しい。
ただし、決して万人向けではない。過激な文章に慣れていない方は、それなりに覚悟して欲しい。
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by hirokira1 | 2004-05-28 21:31 | Cafesta過去ログ
2004年 05月 27日
北朝鮮・エクスキューズ
心配していた「責任転嫁論」、予想を超えて広がっている。

まさかとは思っていたが、家族会に対する感情的反発はまさにイラク人質事件のそれを焼き直したようだった。
一方で与党議員を中心に、政治家達もあれこれと弁解にいそしんでいる。
「小泉さんもよくやった」と弁護する一般の人達が、それを後押しする。

そんな人達が繰り返し述べるのが、次のようなセリフである。
「北朝鮮のような一筋縄でいかない国相手に、よくやった方ではないか」
「金正日のようなどうしようもない独裁者と、どう交渉しろというのか」
「あんなわけのわからない国から5人連れて帰っただけでも十分だろう」

今回の訪問以前と比べて、北朝鮮側のハードルを異様に高く見積もりたがる心理が透けて見える。

この傾向をもっとも顕著に表現している一人が、平沢勝栄氏だろう。
訪問後あちこちのテレビに出ている氏の姿は、正直見るに忍びない。
例の「極秘」訪問以来、彼の政治生命は今回の成果如何にかかっていたと言って過言ではなかった。
表情には出さないが、恐らく今回の結果にはらわたが煮えくりかえる気持ちに違いない、と思う。

どうにも手のつけようのない独裁国家、北朝鮮。
本来なら評価するに耐えない、外交的には完全な失敗を覆い隠すには絶好の言い訳だろう。
だが、本当にそうなのか??

外交に携わるもの、相手の状況や立場、意図をきちんと把握した上で交渉に望むものだ。
北朝鮮とは自由な往来が困難とはいえ、隣国の日本とは相当の接点がある。二国間交渉もしている。
また6者会談などの形で国際的な交渉の場も存在している。
北朝鮮がどういう国家なのか、どこに交渉の余地があるのか、判断する材料はたくさんある。

そのような判断材料を一々吟味して、交渉の可能性を探る作業を、「手のつけようのない独裁国家」イメージが吹き飛ばす。
まるで、北朝鮮の問題が注目を浴びる以前にタイムスリップしたかのようである。
今の今まで氾濫していた北朝鮮情報はどこへいったのか?
これからも北朝鮮は隣国でありつづけるのだ。真剣に向かい合うことを放棄してどうする?
現実から目をそらした社会ほど、独裁者にとって与しやすい相手はない。

「手のつけようのない独裁国家」イメージを日本の政治家が喧伝する有様は、金正日にとってこの上なく好都合だ。
核兵器などに頼らなくても、日本に対しては力による脅しが通用するということを、彼らは証明してしまっている。
北朝鮮のお先棒をかつぐ政治家の言い訳ほど、そらぞらしいものはない。

極めて概略的データだが、リンク集に挙げた坂本衛氏のホームページに、北朝鮮に関する基本データが掲載されている。
25万トン、時価にして600億円を超すと言われる「人道支援」の大きさがよくわかる。

どうでもいいが、平沢氏はこれからどうするつもりなのだろう?
田中真紀子、北朝鮮拉致問題と旬の話題を追い風にのしあがった政治家の次のターゲットが何なのか、気になる。
まさか、山崎拓というわけではないと思うが・・・。

【追記・5/28 22:15】
北朝鮮への穀物の「人道支援」について、すべて国産米という前提で書いたが、その申し出を日本政府が拒否していたことが報道されている。小麦、トウモロコシなどで70〜80億円規模になる見通し。
ただし北朝鮮側は米として報道しているからまた一悶着起こらないとも限らない。要注意である。
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by hirokira1 | 2004-05-27 21:36 | Cafesta過去ログ
2004年 05月 26日
続・歴史学と歴史認識
昨日の続き。
「歴史認識」とは、そもそも極めて現在的な問題である。
厳密に言えば、「歴史認識」とは現在の価値観や感情などを特定の歴史に投影したものである。一般的な理解とは逆に、「歴史認識」とはむしろ歴史学の営みに常に先立って存在する。このことの意味は極めて深刻だ。

「歴史認識」と言われると、何となく「動かし難い」「重い」もののような印象を受けがちである。だから歴史学者達に少しずつ変えていってもらうしかないことのように錯覚してしまう。

しかし、実際にはその時々の社会状況が変われば、「歴史認識」もあっさりと変わっていく。周辺諸国と「歴史認識」で問題が起こるのも、それは今現在の日本とそれらの国との関係がギクシャクしているからで、関係が改善してしまえばどうでもいいことになってしまうに違いない。
そこのところを、謝罪一辺倒の悲観派の人達も、戦争責任自体を否定したがる強硬派の人達も勘違いしている。歴史にとらわれたり、書き換えたりする前に、とにかく仲良くなってしまえばいい。それだけのことなのだ。

ただし、本当の意味で「仲良く」なるためには、少なくとも自分に厳しくなければならない。

今回の北朝鮮のことでも、「昔日本がしたことを考えれば仕方ない」という声がちらほら出ている。
一見、相手の立場を思い遣っているようだが、実際には逆だ。
北朝鮮の所業を仕方ないと言うことで、昔の日本のしたことも「仕方ない」と言っているのである。その結果、どれだけの人達が犠牲になったことか。
自らに対しても、相手に対しても同じように厳しい態度で望めないなら、見せかけのなれ合いがいつまでも続くだけだ。

「新しい教科書をつくる会」が信用されないのも、同様の理由からだと思う。
そもそも教科書の冒頭から、自らの歴史を自らの責任において語ることを放棄しているのだから。
これこそ、歴史学を隠れ蓑に、「歴史認識」から目を背ける態度に他ならない。小泉首相の靖国参拝問題もそうだが、いたずらに問題解決を妨げているとしか見えない。

歴史学の進展はそれぞれの「歴史認識」をより鮮明に描く手助けになるし、そこに投影された人々の価値観や感情をよりはっきりと理解する上で役に立つ。しかしその先は今を生きる我々一人一人が道を切り開かねばならないことを、忘れてはいけない。

繰り返し言う。歴史学を隠れ蓑に、「歴史認識」から目を背けるだけでは何も変わらない。それだけは間違いない。
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by hirokira1 | 2004-05-26 22:06 | Cafesta過去ログ
2004年 05月 25日
歴史学と歴史認識
タクさん(karin625)が「罠にはまる日本」という日記を書いている。最近話題の北朝鮮問題ともリンクするが、いろいろな意味で示唆的な文章だと思う。
そこで、今日はタクさんの議論を受けて、「歴史認識」の問題を考えてみる。

近隣諸国との関係において、絶えず摩擦の種となる「歴史認識」。
度々起こる近隣諸国からの抗議に対し、日本政府はろくに事実確認もせず謝罪する体たらく。
そもそも彼らにとって歴史とは「政治目的に合わない歴史事実は切り捨てるつまみ食い史観」に過ぎない。
だから日本が堂々とそれに異を唱えなければ、アジアの健全な国際協調は生まれない。

極めておおざっぱにまとめるとこんなところだろうか。詳しくはタクさんの日記の本文を御覧あれ。


気になった点をとりあえず2つだけ。

1)中国人や韓国人にとって、歴史が「その場しのぎの政治の道具」というのは言い過ぎ。確かに政治の一手段として意識されているのは事実だし、教育が「偏向している」のも事実だろう。
しかし、私がかつて中国に滞在していた時の経験から言うと、大多数の中国人や、あるいは中国政府の要人などは、「歴史認識」を振り回して日本との関係を悪化させることを好んでいない。日本と既に十分に密接な経済関係を築き上げている中国にとって、それは当然の反応だと思う。

ただし、「歴史認識」を刺激するような出来事が起きてしまうと、取りあえず表向きは糾弾しないわけにはいかない。でないと、場合によっては自分の身が危うくなる。従って心ある中国人にとって、むしろ避けたい話題ですらある。

中国では時折日本での「反動的」な動きに対する報道がある。
例えば「南京大虐殺」を否定する本が出版された、というようなニュース。
著者やタイトルを見てもまるでぴんとこない。日本で話題になったという話も聞かない。
どうせ大したこと書いてないだろうマニアック本を見つけだした中国人スタッフの労力に敬服する(笑)。

もちろん推測に過ぎないのだけれど、この本の著者はそれを知ってほくそ笑んだのではなかろうか。
中国の不当な歪曲報道にもめげず、「真実」を主張する本とその著者。
だからといって本が売れたりはしないだろうが、著述の意図からすれば十分ステータスになりうる。

この場合、中国のマスメディアと日本の作者との間には一種の相互依存関係が成立していると言える。この陳腐なステレオタイプ認識を互いに支え合って、それを飯のタネにしているだけなのだ。
そんな本を取り上げて非難されるなんて、日本人にとってはいい迷惑だ。
そんな陳腐な報道を取り上げて非難されるなんて、中国人にとってはいい迷惑だ。
ただ、それだけのことである。

2)「天皇制は奴隷制度」「中国人が日本を作った」などと誇大妄想的な発言を繰り返す中国人学者については、よく知らない。
きっと、少なくはないんだと思う。

ただしその背景としては、中国における「過剰な業績主義」があることも忘れてはなるまい。とにかく論文を量産することがもとめられるから、一年に10本以上書く学者もざらにいる。しかも、その対象は自分の専門分野とは限らない。先月は中国古代史の論文を書いていた人が、来月はWTO加盟後の国際経済と中国についての論文を書いたりする。
書けることがみつからない人にとって、この手のネタは非常に助かるのだ。アカデミックな価値などそもそもない。
真面目に反論などしたら、馬鹿を見るだけだ。


以上のような状況をつくっているのは、紛れもなく中国の「歴史認識」である。それは一部の政治家の陰謀のせいでもなく、恐らくは歴史教育のせい「だけ」でもない。
いずれは中国自身がこの問題を乗り越えていくはずだが、それには相当の時間が必要だろう。
もちろんその結果、日本人に都合の良い歴史認識にたどり着くかは定かでない。日本の対応がまずければ、事態をより深刻化させる可能性だってありうる。

そう、「歴史認識」とは、そもそも極めて現在的な問題なのだ。過去の出来事が問題なのではなく、その時その瞬間の当事者が自らの問題として解決していくしかないのである。
しかるに現在に至るまで、日本の政治家は「自らの問題」として「歴史認識」に取り組もうとしてこなかった。
従軍慰安婦問題などは、日韓共同研究と称して歴史学者に丸投げである。
学者には歴史学の議論は出来ても、「歴史認識」の書き換えなどできるわけないのに。

日本は罠にはまっているのではない。戦略もないまま自らドツボにはまっているに過ぎない。
歴史学を隠れ蓑に、「歴史認識」から目を背けるだけでは何も変わらない。それだけは間違いない。
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by hirokira1 | 2004-05-25 23:56 | Cafesta過去ログ
2004年 05月 24日
適度の緊張関係が必要
今回の小泉首相訪朝に対して、報道各社が行った世論調査では、軒並み6割以上の人々が「評価する」と回答したという。

少なくとも家族5人を連れて帰ってきた以上、評価しないとは答えにくいから、そもそも設問の立て方が間違っているという意見もある。が、内閣支持率も上昇しているという結果も出ているから、やはり「それなりによくやった」という評価を前提に、しばらくは事態が推移していくのだろう。

帰国の時は苦虫を噛み潰すような表情だった小泉さんも、これで安心して成果があったと強弁できるだろう。


今も高い支持率を誇る小泉政権が、何故「改革」を叫ぶだけでろくに成果を挙げていないのか、その一因が見えた気がする。

職場であれ教育の場であれ、その場の雰囲気を決めるのは「やったことが正当に評価されるか」である。よい成績を挙げれば誉められるし、駄目なら注意を受ける。そういう場にいる人は、安心して前向きに努力できる。

評価される側はどのように評価されるのかを気にする。よい成績を挙げたのに評価されなければやる気をなくすし、悪い成績をのこしたのに特に注意されることもなければ、やはり気が緩んでしまうだろう。

だから評価する側は常に適切な評価を下さなければならない。評価を誤ればいずれにしても場の士気は低下する。そして、適切に評価できない上司や教師は侮られる。

つまり、その集団、その社会がうまく回転していけるかどうかは、「適切な評価」を巡って評価する側とされる側とが適度の−そして決して過度ではない−緊張関係を保てるかどうかにかかっていると言える。

今の日本社会、日本の政治に適度の緊張関係は存在するだろうか?今日も気が重い。
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by hirokira1 | 2004-05-24 21:56 | Cafesta過去ログ
2004年 05月 23日
取りあえず一週間
Cafestaで日記を始めて一週間経ちました。

何となくたどり着いたサイトに日記機能があったので、と言う程度の軽い気持ちで始めた割には、随分堅い文章ばっかりになってしまっています。

そんなところへわざわざ様子を見に来てくださった方々に、反省を兼ねて、今日は言い訳を書いてみようかと思います。

もともと、今はやりのblogとか見るようになって、自分でもやってみたいと思っていたところだったのですが、そう言う意味ではあまり使い勝手はよくないなぁ、というのが最初の感想でした。

ところが、ここに日記を書くと、何回この日記が読まれたか、あるいは毎日誰がこのページに来たのかが、いちいち記録されるのですね。レスとかも簡単につけられるし。当初は「コミュニケーションポータル」ってことを知らなかったので、随分驚いたものでした(^^;)。

ろくに宣伝もせず、誰にでも読みやすい文章を書いているわけでもないのに、毎日何人もの人が足跡をつけてくれたり、時にはレスをつけたりしてくれるなんて、ただただありがたいことです。この場を借りて、改めて御礼申し上げます。m(_ _)m

ただ、そういうのに慣れてない身としては、そんなありがたい方を見るたびにみょ〜に肩に力が入ってしまうのですね。

たとえて言えば・・・コンサートホールに数人しか客がいない状態で歌うミュージシャンの気分、かな?(時々、そういう話を聞きますよね)

そういう時どう思うかは人それぞれかも知れないけれど、私だったらいつも以上に頑張っちゃうんじゃないかと思います。はっきり反応が見えるこのお客さんを、絶対に満足させるんだ!!って。

かくして、力こぶ入りまくりの文章が並ぶことになってしまいました。読みにくいとお思いの方、ごめんなさい。若気の至りということで、お許しいただけると幸いです(もうそんなに若くないけど・・・(^^;;)。

ちょっとした時間に他の方の日記とかのぞきにいくと、何気ない日常の出来事をもとにしながら、なるほどと感心させられる文章に出会うことがありますね。

そのうちそういう方向の話も書けるようになりたいのですが・・・まあ、しばらくは心のおもむくままに、書きたいことから書いていこうと思っています。

まだわからん機能がたくさんあるので、しばらくは暖かく見守ってやってくださいませ。

(ちなみに、今まで生きてきて、日記が一週間続いたのは初めてです・・・(苦笑)。)
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by hirokira1 | 2004-05-23 22:31 | Cafesta過去ログ
2004年 05月 22日
視野狭窄
ここ数日忙しいので、短めに。

小泉首相が今、北朝鮮にお出かけ中。
重大事件に違いない。もちろん、交渉の過程は凝視する必要があると思う。

ただ、一国の総理が出ていくにしては、その後の展望があまりに見えなさすぎる。

小泉首相にとって都合の悪いニュースを隠すために急遽日程が繰り上げになった、とあちこちで指摘されている。この人の常套手段とはいえ、今回は北朝鮮訪問という極めて重要な問題と比べてのアンバランスさから、その露骨さ加減は際だっている。

さすがにマスメディアも「その手には乗らないぞ」という姿勢を見せてはいるが、やはり拉致被害者の問題以外にはあまり光が当てられていないような気がする。

拉致被害者の家族については、もちろん私も気になる。ただ、その問題に絡めてどのような合意がなされ、それがどのような意味を持つのか、そちらの方がはるかに重要な問題。だからこそ、北朝鮮は拉致問題を外交カードに使い続けているのだし。

視野狭窄に陥ってはならない。それこそ独裁者の思うつぼだ。


【追記・5/22 22:20】
帰宅して、ニュースを見て目が点。
小泉さん、何をしに北朝鮮に行ったのだろう?
「多少の成果に浮かれてはいけない」と書いたつもりだったが、私の買い被りすぎだったらしい。もっと小泉首相の視野狭窄を心配するんだった。

金正日にしてみれば、小泉純一郎以上のお得意さんは見つかりそうにない。

5人の家族と引き替えに、拉致問題の完全解決からは大きく遠ざかってしまった。
これでもし、今度の参議院選挙で自民党が負けないとしたら、もはや視野狭窄とは言えまい。
「現実から目を背けている」のだ。
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by hirokira1 | 2004-05-22 10:43 | Cafesta過去ログ