突き詰めても、突き詰めても、つまりは不完全性思考
by hirokira1
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カテゴリ:論理的考察( 1 )
2005年 11月 14日
トートロジーな説明について
仮に、「 ax + b = c 」という式があるとする。
これを例えば x について展開して、「 x = ( c - b ) / a 」などとするのは、もちろん数学的論理として通用する手続きである。

しかし、この ax + b = c が c について「 c = ax + b 」であることを利用して、
「 ax + b = c の c に ax + b を代入すると、左辺と右辺が等しくなる。
 従って、この式は何の意味も持たない無内容の式である。」

というような説明があれば、誰が見ても「これは変だ」と思うだろう。
もしこのような論理展開を認めるならば、いかなる式に対しても「この式は何の意味も持たない無内容の式」であるということになるからだ。
従って、上の説明の前半部分は「トートロジー」であり、それを根拠として後半部分のような判断を下すことは「誤り」となる。

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by hirokira1 | 2005-11-14 00:26 | 論理的考察