突き詰めても、突き詰めても、つまりは不完全性思考
by hirokira1
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
カテゴリ
以前の記事
最新のトラックバック
フレーミングは終わらない
from tracker's burrow
わかってらっしゃる!!
from 俺の心のままに
ふたつの国民
from 真夜中の国語辞典語彙blog
遺書もなく去る人を止めな..
from BigBang
それでも前に進むには
from あんなこと、こんなこと。どん..
(無題)
from 日本について考える
(無題)
from 日本について考える
皇室典範改正問題と天皇制
from incompleteness..
★継ぎはぎドラマ\(^o..
from ★恋人という名の猫★猫とAr..
スローなブログにしてくれ
from 5号館のつぶやき
メモ帳
フォロー中のブログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


2005年 09月 08日 ( 1 )
2005年 09月 08日
『トリビアの泉』に対するささやかな疑問
最近『トリビアの泉』を見ながら、フラストレーションを溜め込んでいる。

昨日の内容で言えば、「トリビアの種」として紹介されていた、

「お受験教育を受けた子供たちの中で一休さんと同じ方法で橋を渡るのは100人中○○人」

というネタなどを見ていると、特にそうなる。

「お受験教育を受けた子供たち」(恐らくはここが肝心)100人に、「このはしわたるべからず」という立て札のある橋を渡らせて検証するという内容なのだが、挑戦した、いや挑戦させられた子供たちはことごとく失敗してしまう。

子供たち一人一人がめいめい一生懸命悩み苦しんで様々な反応を見せる様を、笑い声を交えながら見物するという趣向は、いくらバラエティ番組と言ってもどうにもなじめないのである。

続きを読む...
[PR]
by hirokira1 | 2005-09-08 22:48 | 社会的考察