突き詰めても、突き詰めても、つまりは不完全性思考
by hirokira1
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2004年 06月 20日
★人生の配分について〜Cafesta日誌
以前にも書きましたが、最近随分と生活リズムが変化してしまいました。

一例を挙げると、前に日記で書かせてもらった「報ステ」との関係とか。
実はあれを書いた翌日から、「報ステ」は全く見ていません(^^;
放送時間に家に戻れなかったという日もありますが、それ以上にその時間まで起きていられる体力がない、という深刻な理由があるのです。
その後の日記なども、実は日付が一日ずれていたりします。
日記を書きかけのまま力つきてしまい、翌朝アップするというパターンはこれからもありそうです。

ビンボーなりに忙しくなるのは、それなりに悪くないと思うのですが・・・。
自由になる時間が減ると、それだけ残り時間をどう配分するか、悩みますね。


といったところで、本題。


人間、誰しも「人生」として与えられた時間には限りがあります。

恐らく、同じ年齢の人であれば、生まれてから今までの間に獲得した「外部からの刺激」の総量はほぼ同じはずです。
ただし、その「刺激」を体系的に整理して「情報」として受け止めるか、あるいはそのままにしておくかの差は大きいかも知れません。
また、物心ついた後ならば、自分をどの立場に置くかをある程度は選べるようになりますから、それによってどのような「刺激」を受けるかをある程度は取捨選択できるようになります。
そうやって受け止めた「刺激」に対してどのように感じるか、どのように振る舞うかも重要ですね。
一見自分自身に固有のもののように思われる性格や価値観や生き方も、そんな「外部からの刺激」とそれへの反応の積み重ねで創り出されるものなのでしょう。

ただし、そういった「外部からの刺激」の総量が人生として与えられた時間に比例するという点では、誰しも平等です。

「人生の配分」なんていうと大袈裟ですが、人生の中で与えられた時間をどのように「配分」するか?
つまるところ、人生の「質」を左右するのは、そういうことのような気がします。

ひとくくりに「人生」といっても、その中味は様々です。
一生懸命自分を磨くことに執心する人もいれば、楽しく心地よく生きてゆけばいいやという人もいる。
裕福である程度欲しいものが自由に手に入る人もいれば、爪に灯をともすような生活をする人もいる。
友達や仲間と一緒に過ごす時間を大切にしたいという人もいれば、一人で自分に向き合う時間を大切にする人もいる。

どっちがいいとか悪いとかいうわけではないのです。
また、どっちか「だけ」で生きていくという人も、なかなかいないだろうと思います。

長い時間生きていれば、自分を取り巻く環境はどんどん変化していきます。
結局は与えられた時間をどのように「配分」するか、その都度判断していくしかないのです。
それが人生の中で実りある選択だったかどうかは、人生を終える時までわからないかも知れません。
ただ、その都度真剣に悩んで決めた「配分」なら、そんなに後悔することもないような気がします。

何だか、今日はちょっぴりセンチメンタルな話になってしまいました。
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by hirokira1 | 2004-06-20 16:06 | Cafesta過去ログ
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