突き詰めても、突き詰めても、つまりは不完全性思考
by hirokira1
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリ
以前の記事
最新のトラックバック
フレーミングは終わらない
from tracker's burrow
わかってらっしゃる!!
from 俺の心のままに
ふたつの国民
from 真夜中の国語辞典語彙blog
遺書もなく去る人を止めな..
from BigBang
それでも前に進むには
from あんなこと、こんなこと。どん..
(無題)
from 日本について考える
(無題)
from 日本について考える
皇室典範改正問題と天皇制
from incompleteness..
★継ぎはぎドラマ\(^o..
from ★恋人という名の猫★猫とAr..
スローなブログにしてくれ
from 5号館のつぶやき
メモ帳
フォロー中のブログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


2004年 06月 08日
「ナンチャッテ反体制」ノススメ
今日は昨日の日記からの続きということで、MAMO氏のサイトから。
「日録メモ風の更新情報」以外にも多くの文章が読めるのだが、本題は明日にとっておいて、まずは「「久米宏」論」を紹介したい。

久米宏。今年3月で終了した「ニュースステーション」(以下、「Nステ」)のメインキャスター。
もう2ヶ月以上経ったが、まだ何とか覚えている人も多いのではなかろうか。
その久米宏と「Nステ」の登場と「成功」の経緯を分析したのがこの文章である。
随分読み応えのある内容である。長文だが、「Nステ」終了前後には相当のアクセス数を記録したらしい。

で、私が特に注目したのが次の一節である。念のため一通り引用しておきたい。

--------

 (前略)・・・そして、以下に掲げた大下英治のインタビューに対する返答が、久米の政治的な「立場」である。

「ぼくは、社会党が政権を取ったら、アンチ社会党になりますから。これは間違いないです。共産党が政権取れば、アンチ共産党です。だいたいマスコミが政権と同じところに立ったら、めちゃくちゃですから、その国は。なぜ反自民かというと、政権を取っているからです。それ以外には、理由はないですね」(「アサヒ芸能」92年5月14日号)

 だから久米のコメントは、自民党の独裁が続く間は、自民党にとって耳障りなものとならざるをえない。そして、この久米のコメントや言外のメッセージが、ニュースステーションを「政治のテレビ化」現象を主導したパイオニア的な番組のひとつにする下地をつくっていった。

--------

久米宏の「政治性」と呼べるものは、以上で語り尽くされている、と思う。

93年の自民党惨敗から細川政権誕生に至る過程で、久米の「Nステ」や田原総一朗の「サンデープロジェクト」が世論の動向に大きな影響を与えたとして、久米の「反体制」的言動を目の敵にする政治家は多い。
久米自身は学生運動世代で、実際にもアジ演説などしていたらしい。そういった経歴を踏まえて「左翼」的と非難する向きもある。

が、いずれも過剰反応、あるいは久米の一面を過大評価しすぎている。

近代以降の社会制度は、基本的に権限の分散と相互チェックのバランスの上に成り立っている。
日本では不完全な仕組みだが、学校で習う「三権分立」なんて発想はその一例である。
政権を担う「体制」と、その「体制」に政権を託す国民の関係もしかり。
多くの権限を国民に代わって行使する「体制」に対して、国民が厳しいチェックを加えなければ、そもそもバランスが成り立たない。
そのためにメディアは「体制」とは異なるスタンスから、国民のチェックを保証しうる報道をする必要がある。
ある程度成熟した民主主義社会においては、極めて常識的な発想である。

要は、「体制」に対して異議を唱えるメディアの存在は、民主主義という「体制」を維持するために不可欠なのである。
そう言う意味では、久米宏は極めて「体制的」と言える。
彼の「アンチ自民党」は、いわば「ナンチャッテ反体制」と言う程度の、極々かわいいものだったのではないか。
それは、むしろ久米なりの「ニュートラル」な立場を保証するための小道具に過ぎなかったというのが、私なりの見解である。

たぶん、他の民主主義国家なら、この程度の「反体制」など問題にもされないだろう。
それが日本だととりわけ目立つ。確かに久米は目立っていたと思う。
その原因は、恐らく銀行以上にガチガチの「護送船団体制」のテレビ業界の体質に求められるはずだ。
テレビというメディアは、我々の想像以上に「体制」的なのだ。それを盲目的な「お上意識」が後押ししている。
このあたりの事情は、やはりMAMO氏のサイトで確認していただきたい。

「ニュートラル」な報道を標榜していた後任の古舘伊知郎は、間もなく態度を変え、「ナンチャッテ反体制」路線に転換した。
今のところあまり板に付いていないように見えるが、まあ他に取りうる選択肢もなかったから仕方ない。
古舘が成功するかどうかは別にして、「ナンチャッテ反体制」の視点は絶対に必要だと思う。
与党政治家たちの度を超した「御乱行」も、この国のそういった視点の欠如と無関係ではないような気がする。

【追記・6/9 21:25】
「久米宏」の仕事について、私は相当に評価している。
が、少なくとも5年後、10年後に語り継ぐほどの人物でもないとも思っている。
彼を語り継がなければならないような将来があるとしたら、それは相当に暗い将来だと言えよう。
誰もに忘れ去られる時は、そう遠くない。
だからこそ、今のうちに「「久米宏」論」は読んでおいた方がいい。
[PR]
by hirokira1 | 2004-06-08 21:20 | Cafesta過去ログ
<< どうなる地上デジタル放送?どう... リンク先勝手にレビュー(3) ... >>