突き詰めても、突き詰めても、つまりは不完全性思考
by hirokira1
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
カテゴリ
以前の記事
最新のトラックバック
フレーミングは終わらない
from tracker's burrow
わかってらっしゃる!!
from 俺の心のままに
ふたつの国民
from 真夜中の国語辞典語彙blog
遺書もなく去る人を止めな..
from BigBang
それでも前に進むには
from あんなこと、こんなこと。どん..
(無題)
from 日本について考える
(無題)
from 日本について考える
皇室典範改正問題と天皇制
from incompleteness..
★継ぎはぎドラマ\(^o..
from ★恋人という名の猫★猫とAr..
スローなブログにしてくれ
from 5号館のつぶやき
メモ帳
フォロー中のブログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


2006年 09月 10日
MANTAさんへのお答え~靖国問題の「公私」定義について
前回のエントリに対して、MANTAさんから丁寧なコメントをいただいた。

本来ならコメント欄に返信すべきところだが、エキサイトブログのコメント欄は字数制限があり、また書いている内に随分長くなってしまったので、独自にエントリを立てることにする。





まず、MANTAさんからいただいたコメントは次の通り。

Commented by MANTA at 2006-09-09 14:43 x
hirokira1さん、当方のつたない文章を取り上げていただきお恥ずかしい限りです。
また5号館さま、いつもお世話になっております。

>というような話ではなくて、MANTAさんが言いたかったのは、単に論者それぞれの
>「言葉の定義」が定まっていない、筋が見えないというだけかも知れない。

そのとおりです。くわえてTVなどを見る側に「マスコミが適当に使っている言葉に踊らされることなく、何を議論しているのか一人ひとり考えてほしい」といいたかったのです。

ただそれだけの記事ではただ「定義しろ」と書きなぐっただけの印象でしたので、自分の考えを少し書いたのですが、そこで「私はこれこれだからこう思う」と切々と書くと、結局は「他のいろんな意図(対アジア外交、戦後補償、政権、自衛隊、改憲)を主張しようとする輩」と同じかなぁ、とおもい口調を弱めたしだいです。でもおっしゃるとおり説明不足でしたし、蛇足でしたね。

以下は私自身の考えの詳細であり、押し付ける気はございません。

Commented by MANTA at 2006-09-09 14:48 x
<首相の私的参拝>
憲法20条を読むと、今回の参拝は国や機関の宗教的活動と明確化できるものではなく、首相の参拝は彼個人の宗教の自由の範疇かと私は思います。「http://ja.wikipedia.org/wiki/首相、大臣の靖国神社参拝問題」には「公用車を用い」うんぬんが問題だとありますが、ならば首相はコンビニに買い物にもいけません。タクシーで行かれても困りますし。おそらく首相が私的時間でもSPや運転手に警護義務があるということでしょう。また裏を取っていませんが、首相は時間休を取って、参拝に行っているのではないでしょうか?それ以外の争点はすべて概念的で具体性を書きます(公的とも私的ともいえる議論ばかり)。なお私のちらりとしらべた限りでは、裁判で「違憲判断」はあっても「違憲判決」はない。(判断には法的拘束力はない)

<今回の中韓の反応について>
中国は「小泉首相が参拝したから当面は首脳会談を行わない」とは、今回は言っていません。これは靖国参拝という行為が国ではなく、首相個人の行為という認識だからです。


これに対する私のコメントを次に挙げる。

--------
 MANTAさん、丁寧なコメントをいただき、ありがとうございます。

 もちろん私も、自分の意見を押しつけるつもりはありません。
 ただ、MANTAさんのもともとのエントリが「言葉の定義」があやふやな議論への批判である以上、それを踏まえた議論は「言葉の定義」をきちっとしたものであるべきではないか、というのが本エントリの出発点になっております。
 そのことを踏まえた上で、「公私」の定義を明確化するという観点から書き込んでいただいた内容を見ていくと、正直、やや物足りないという印象を抱かざるを得ませんでした。

 まず憲法第20条は次のような条文になっていますね。
日本国憲法第20条
1.信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2.何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3.国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

 この条文を首相の靖国参拝という問題に当てはめた場合、首相を公人と見るか私人と見るかで評価が分かれることになると思います。
 もともと、この第20条を含む日本国憲法第3章は、国民の権利及び義務を規定している章です。
 MANTAさんは靖国参拝する小泉首相を権利が守られるべき一国民とみなしてこの第20条をお読みになったのでしょうが、私は、小泉首相は国家行政権力を行使する最高責任者であり、むしろ第3項の「国及びその機関」に相当すると考えます。
 で、どちらの解釈が正しいかは、この憲法第20条の条文からは判断できないわけです。
 MANTAさんがそうお読みになったということはもちろんよくわかるのですが、憲法第20条自体は首相の「公私」の定義について何も語っていませんから、その読みの根拠となる定義はどこに求められるのか、改めて考える必要があるでしょう。

 第二に「公用車」うんぬんですが、この部分はそう主張されている方への反論としてのみ有効であって、MANTAさんの考える「公私」の定義を明確にする積極的根拠にはならないと思います(ちなみに、私はもとよりそんな主張はしてません)。

 第三に首相の時間休という観点ですが、これは全く考えてもみませんでした。
 ただし、定義を明確にする根拠とするためには、まずその事実を確認することが必要です。
 これに関してはもし本当なら大変興味深いことですので、確認できたら是非教えてください。
 ただし、勤務時間外であっても「私」的行為とは限らないというのが私のエントリの第二点の趣旨ですので、これをもって定義の根拠とするのならば、私の論旨に対しても何らかのコメントをいただきたいところではあります。

 最後の判例についてですが、そのなかでなされた「判断」にはそれぞれ個別の裁判の文脈がありますので、それをきちんと踏まえる必要があると思います。
 また日本では特に人事面で司法が行政から完全に独立しておらず、行政に対する司法判断がしばしば回避されるということも考慮すべきと考えます。
 ただ、それ以前の問題として、“「違憲判断」はあっても「違憲判決」はない”という指摘が「判断」そのものの妥当性とどう結びつくのか、不思議に思います。
 「判断には法的拘束力はない」という御指摘については、私自身専門家でもありませんので、ひとまず判断保留にしたいと思います。
 しかし、「法的拘束力はない」ということと、その判断が妥当ではないということは、論理的に結びつかないように思われます。
 できましたら、この点については補足して説明していただけないでしょうか?

 なお、「公私」の定義の問題からは外れる<今回の中韓の反応について>でのお話ですが、このままの形式では推論として不十分であるように思われます。
 普通に考えれば、中国や韓国が「首脳会談を行わない」と言うにせよ言わないにせよ、それは先方の都合によるわけで、そのことだけから「首相個人の行為という認識」とは判断できないのではないでしょうか?
 具体的な根拠を提示せずにどうしてそう断言できるのか理解に苦しむところですが、もしそう判断できる確固たる証拠がありましたら、御提示いただけると幸いです。


 以上見てきたように、MANTAさんが提示された内容からMANTAさんなりの「公私」の定義を読み取ることは、少なくとも私には困難に感じられました。
 お互いの見解が異なるのはもちろん仕方のないことなのですが、その見解を支える「言葉の定義」が曖昧であるのは、今回の議論の出発点から見るとやはりまずいのではないかと考えます。

 重ねてお手数をお掛けして申し訳ないのですが、改めてMANTAさんの考える「公私」の定義を提示していただけば幸いです。
 その際、できれば拙エントリの論旨についても(特に「公約」との関係など)、何らかの言及をいただければと存じます。
 あるいは、コメント内で述べられた、概念的で具体性を欠く「それ以外の争点」に私の論旨は含まれるということなのでしょうか?
 そうだとすれば私としては大変残念なことなのですが、できましたらその理由についてもお教えいただくよう、お願いいたします。

 以上、あれこれと書き連ねましたが、私の意図はあくまでも、如何にして有益な議論を立ち上げるかというところにあります。
 たとえ互いの見解が異なっても、いや互いの見解が異なるからこそ、MANTAさんとの建設的な議論の可能性に期待しているわけです。
 私の見解の中で御不快に感じられるところはあるでしょうし、またもちろん御多忙のことと存じますが、御一考いただきますよう、お願いする次第です。
[PR]
by hirokira1 | 2006-09-10 22:45 | 社会的考察
<< リンクなしトラックバックの拒否... 靖国問題の「問題」を解きほぐすには >>