突き詰めても、突き詰めても、つまりは不完全性思考
by hirokira1
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2006年 04月 05日
これからのGripBlogに向けて
泉あいさんの『GripBlog』が移転作業中。
移行が完了したら、新しい拠点での活動が始まるのだろうか。
【4/9 追記 新しい『GripBlog』のサイト変更に伴い、リンク先変更しました。】

これに対して、『tracker's burrow』のAaさんが「人の善意を前提としたシステムの結末:GripBlogの移転によせて」というエントリを寄せている。

Aaさんとは違って、私自身は『GripBlog』とそれほどの関わりがあったわけでもなかったのだけれど、こういうエントリを書いた手前、「袖刷りあうも他生の縁」ということで、ここしばらくの間に感じたことなどを書きとめておこうと思う。



はじめに断っておくと、私自身は『GripBlog』そのものに対してそれほど思い入れがあったわけでもないし、熱心な読者というわけでもなかった。
一年位前からか、ブログ界隈でぼちぼち話題になっているのを目にして、ふぅん、こんなことをしている人がいるのかと興味を持ってみたものの、どうにも素人っぽい文章と(自分のことを棚にあげてすいません^^;)、周りを取り巻く人々の異様な熱気についてゆけず、必ずチェックするブログとするまでには至らなかった。

思いかえしてみると、当時私がそう感じたのは、私自身がまだブログ界隈の住人ではなかったということと無関係ではなかったような気がする。
当時のブログ界隈には、ブログが生み出す新たなコミュニケーションの可能性に対する「過剰な期待」がまだ漂っていた。
こう書くと「そんなことはない。あの時点で既にブームは終わっていたんだよ」と教えてくれる親切な人が出てきそうだけれど、それは誰にでも一様に存在するものではないわけで、人それぞれとしか言いようがない。
少なくとも当時のクールで寡黙な一ウォッチャーから見てそうだったのである。

そして、そんな雰囲気の中で、『GripBlog』は自ら現場に出向き、ブログの弱点とされていた一次情報を取ってくる「活動するブログ」として、急速に注目を集めるようになる。
この時、泉さんがジャーナリストとしては全くの素人であり、取材者としてもライターとしても特段のスキルを持っていなかったということが、逆に『GripBlog』の評価を実態以上に高めたように思われる。
既にプロのとしての地位や評価を得ているジャーナリストが何人もブログを用いた情報発信を行っていたにもかかわらず、泉あいさんと『GripBlog』が特に持ち上げられたのは、それが「ブログの生み出した新たなムーブメント」の一つとして認知されていたことと無関係ではないだろう。
そういう意味では、『GripBlog』はブログ界隈の雰囲気を象徴する一つの「時代」であり、今回の顛末に対してAaさんが言うような「一つの何かが終わったのだ」という感想にも共感を覚えてしまう。

拙さゆえに持ち上げられ、期待を集めた人が、同じくその拙さゆえに攻撃を受け、突き落とされる。
別にブログの世界に限らずあちこちで見かける光景なのだけれど、目の前で見せられるとやっぱり切ないものである。
上昇期にはろくに協力しようともしなかった一ウォッチャーと言えども、こういう場面に遭遇すると「何もそこまで言わんでも・・・」とつぶやきたくなってしまうのだ。

「ブログが生み出す新たなコミュニケーションの可能性」なるものが問われるのは、むしろこういう場面でこそ、なのではないだろうか。
イケイケドンドンの絶頂期より、息苦しく所在のない後退期の方が、そのものの真価はより露になる。
「人の善意を前提としたシステムの結末」として論じられている内容は概ねうなづけるものだけれど、「システムの結末」を語るには、ちょっと早すぎるのではないか、というのが私の所感である。
もちろんこれは、Aaさんが問題にしているであろう、泉あいさんを頂点に、『GripBlog』を中心とするシステムの結末とは別の話なのだけれど。


泉さんに対してはいろいろと思うところがあるけれど、さしあたりご自身にふさわしい「ロールモデル」を早く見つけることが肝要なのではないか、と申し上げたい。
『GripBlog』(そしてそれを支えていたブログ界隈の期待)の底流をなしていた「既存マスメディアに対する不信感」については大いに共感するのだけれど、「~ではないもの」や「~とは異なるもの」をいくら集めても明確な方向性は生まれない。
新しいものを生み出したいと思う時に「古いものを見習え」という助言は鬱陶しく聞こえるものなのかも知れないが、未踏の荒野にあっても「あの人ならこういう場合きっとこうするんじゃないか」という具体的なイメージが持てれば、大抵の困難は切り抜けられるものだと思う。
「もっと本を読んだら」とか、「ジャーナリストとしてのきちんとした修練を」とか言うようなアドバイスも、つまりは自分なりの「ロールモデル」を持つ必要性を指摘しているわけなのだし。
私の狭い見聞では高田昌幸さんとか、いい「ロールモデル」になりそうに思えるのだが、どうだろう?

今回の一件で、泉さんがその評価を下げてしまったとはいえ、もともとの評価が過大であったのだと考えれば、それほど落ち込むこともないのではないかと思う(とはいえ、これまで支えてくれた人に実害が及んだとなればそうもいかないのだろうけれど)。

私は、どんなに博識で賢明な人であっても、「引き受けない人」に興味はない。
逆に、どんなにちっぽけな力しか持たない人であっても、「引き受ける人」は応援したいと思う。

今後、もし活動に制約がかかるとしても、自分が引き受けられる範囲で引き受け、活動していっていただければと願うのみである。

【4/9 追記】
新しいサイトにコメント・TBごと移転、コメント欄再開とのこと、まずは何よりです。
何やらごたごたが続いているようですが、適切な対処を心がけていれば何とかなるでしょう。

ただ、過去の財産を可能な限り生かすという方向で考えると、『GripForum』内のスレッドについても、過去ログなり何なりの形で再アップしていただきたいと思います。
特に急ぐ必要もありませんが、皆が『GripForum』のことを忘れてしまわないうちに・・・。

以上、『GripForum』に最後に登録した、恐らくはほとんどの人が気づいていないであろうメンバーからの要望でした(笑)。
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by hirokira1 | 2006-04-05 01:58 | 社会的考察
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