突き詰めても、突き詰めても、つまりは不完全性思考
by hirokira1
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2005年 09月 07日
101回目のモノローグ
実は私、これまでCafestaというところで文章を書いていた。
昨年の5月から始まって、時折休みながら何とか100本目の「日記」までたどり着くことができたのが、ついこの間のこと。
「日記」の内容は、このブログにも「Cafesta過去ログ」としてそのまま載せている。
というより、現時点ではまだ「Cafesta過去ログ」以外の文章はない。
ちなみにCafestaの方のページはこちら

こちらはこちらで、もうしばらく続けてみようかと思っている。



Cafestaにページをつくるようになったのは本当に全くの偶然で、「ネット上で自分の文章を書いてみたい」と思った時にたまたまCafestaに出会ったという、ただそれだけのことに過ぎない。
いきなりブログでも構わなかったのだけれど、まあ簡単そうだったのでちょっとした手習いのつもりで始めたわけだ。

で、初めは意気揚々と、やがて息も絶え絶えになって何とか100本書きためたのだが、こうして並べてみると、随分と文体や文章スタイルが変化してきたことに気づく。
これは言うまでもなく筆者としての自分のスタンスが変化してきたことを示している。

では、何が自分のスタンスを変化させてしまったのか?

自分自身のリアルでの生活の変化とか、ネット上に文章を書くことに対する慣れとか考えられる原因はいくつかあるのだが、一番の原因は恐らく「読み手として想定している相手」がどんどん入れ替わってしまったことによるのではないかと私自身は考えている。

Cafestaという場がどういう性格の場であるかということを一言で説明するのは難しいのだが、例えばmixiについてあちことで書かれていることを読むと、それに近い部分があるように思う。

もちろんCafestaは厳密にはSNSとは呼べないし、そもそもSNSという概念が広まる以前からあったわけだけれど。
で、例えばARTIFACT ―人工事実― 「あらためて寂しさ再生産―SNS流行後の人間関係―」で紹介されているような「人間関係に疲れた」というような状況は、Cafestaでも間々見受けられるし、私自身感じることもある。
皆が皆そういうわけでもないのだろうが、メンバーがどんどん入れ替わるというのは、この手のコミュニティにとっては不可避の傾向なのかも知れない。

そして、Cafesta内のページで書いたことは基本的にGoogleなどの検索エンジンには(多分)かからないため、限定されたCafestaメンバーの読み手以外に「普遍的な」読み手を想定するのは困難である。
結果としてその時その時に想定できる読み手に限定した文章になってしまうのは、あるいはやむを得ないことだったのかも知れない、と今から振り返ると思えるのだけれど・・・。

一方で「自分が書きたいことを書きたい!」という原点を頑なに守っていることは、これまでの文章のテーマ設定から見ても明らかである。
ただ、それと上に書いたようなスタイルの変化(もしくはブレ)との齟齬が、自分の心の奥底に何かしらのフラストレーションを増大させてきたように思えてならない。

そこで、書く場所を移してみることにした。

もっとも、ブログに移行したからといって、書き手が「普遍的な」読み手を想定しうるというものでもないだろう。
現実としては、検索エンジンを通じて様々な読み手に読まれる可能性があり、その可能性を踏まえて書く必要がある、というだけのことに過ぎない。
実際には誰もこんなブログを読まないかも知れないし、あるいは特定の方だけが読み手として限定される可能性もある。
まあ、気の持ちようだと言われればそれまでのことかも知れない。

なので、これからは原則として、必ずこのブログを読んでくれる読み手に向けて書くことにする。
つまり、「自分自身」に向けたモノローグ。
もちろん、ネット上に公開している以上、他の方とのコミュニケーションは必然なのだけれど、少なくともスタイルとしてはモノローグで通してみよう。
いわば、「モノローグ」を通じたダイアローグ。

果たしてそんなものに付き合ってくれる人がいるかどうか、定かではないが。

(註)厳密に言うと、このエントリが「101回目」というわけではない。実際に数える人がいるとも思えないが・・・(ただし、直前のエントリを読めばすぐにわかる)。まあ、100回書いた後の「次」ということで大目に見てもらいたい。
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by hirokira1 | 2005-09-07 21:40 | このブログについて
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