突き詰めても、突き詰めても、つまりは不完全性思考
by hirokira1
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2004年 08月 25日
ちゃんと見ている人を探そう!
リンク集に挙げ、また「リンク先勝手にレビュー」でも紹介した「こんなメディアでした」(以下、「こんメディ」)で、約3ヶ月ぶりに新作コラムがアップされました。

このサイト、最近はめっきり更新のペースが落ちてますから、新作を見つけたというだけでもスクープと言えるかも知れません(笑)。

今回のコラムも、オリンピックという時事ネタを基点にして、相当に奥の深い話を展開しておりますので、まずは簡単に紹介してみたいと思います。

「「ためぐち」の二人〜『アテネオリンピック』の気になるキャスター 」
(参照→http://homepage.mac.com/konmedi/2004_08_23.html

まず前ふりとして、「Yoshinari's Homepage」というサイトの、「敬語について」というページから、敬語についての考察が要約の形で紹介されています。
この話のきっかけがNHKの『真剣10代しゃべり場』で、これについては「こんメディ」の主(←サイトの管理人さんのことです)も私も以前書いたことがあるのですが、まあそれはさておいて。

ここでは「こんメディ」の主の要約をさらにまとめる形で、Yoshinari氏の所説を紹介しておきます。

    ----以下、要約の要約----
 なぜ私たちは敬語を使うのだろうか?
 例えば一般的に家族や友達相手には敬語を使わない。
 それは、相手に敬意を持たないからではなく、敬語を使わないことが“親しみの表現”になるからだ。
 一方、現実には偉い人だけでなく、偉くないかも知れない初対面の人などに対しても敬語を使う。
 つまり、敬語を使うのは敬意を持つべき相手か否かとは直接関係がない。
 敬語を使うということは、単に“尊敬を示す”というだけのものではなくて、むしろ“謙虚さの表明”なのではないか。
 そして、そんな敬語を使う背景には、“謙虚” という日本文化の尊重があるのではないか。
    ----以上、要約の要約----


これを読んで「要約の要約なんて、本当に元の趣旨を伝えているの?」と訝ったあなた。

あなたは全く正しいです(爆)。

そんなあなたのために、もともとのページのURLも紹介しておきます。
Yoshinari's Homepage〜「敬語について」
(参照→http://www008.upp.so-net.ne.jp/yoshina/column/04/Keigo.html


「こんメディ」の主による紹介の最後は、次のような言葉で締めくくられています。

謙虚でなくてもいいが、そうであればあるほど、絶対的な実力を持っていないと他人には認められない。
だが、他人に好まれるのは、同じ実力であれば謙虚な人のほう。

けだし至言である。


ここまでだけでも十分読んだ甲斐があるというものですが、これはあくまでも前ふり。本題はここからはじまるのです(笑)。

本題の方はかいつまんで紹介しますと(爆)、この度のアテネ五輪の中継で相手かまわず「ためぐち」を炸裂させつづける小倉智昭氏の言動の本質を、小倉氏と同じように遠慮も謙虚さも見せずに一般家庭に乱入し「ためぐち」を押し通すヨネスケ氏との比較から浮き彫りにする、という話になっています。
詳しくは是非、冒頭で紹介したURLを辿ってお読みください。

「こんメディ」の主が小倉氏をヤリ玉に挙げていることそれ自体は、まあ前からのことなのである意味自然な展開だと思います。
もっとも、このサイトでは他にも「国民的アイドル」とか「国民的スター選手」とか、あるいは「世界的音楽家」とかがヤリ玉に挙げられてきていますから、むしろ小倉氏にとっては光栄なことかも知れません(←ジョークです・念のため)。

ただ、これを読んで改めて驚いたのは、小倉氏を徹底的に“嫌っている”はずの「こんメディ」の主が、かようなまでに小倉氏の言動をつぶさに「見ている」ということです。

本文の中で列挙されている小倉氏の“言動”の数々を見ていると、執念を通り越して、ある種の“愛情”すら感じられるのが不思議です(苦笑)。

また、それと対比して語られるヨネスケ氏の言動についての記述も、極めて具体的で本質を突いているように感じられます。
単にヨネスケ氏が何を言ってるかだけではなく、相手の一般人に対してどのようなスタンスで語っているのかということにも、十分に注意を払っています。
私も小倉氏の言動やヨネスケ氏のコーナーは時々目にすることがありますが、とてもそこまで注意して見ることはありません。

このような「敬語」と「ためぐち」に注目して見た「相互関係」の分析を「こんメディ」の主が提示したのは、あるいは例えば日中関係に見られるような“いびつな”相互関係のあり方に対する一つの見識を示したかったからなのかも知れませんね・・・この解釈はさすがに邪推が過ぎるかも知れませんが。


さて、「こんメディ」の主が紹介した「Yoshinari's Homepage」には、いろいろなコラムが掲載されています。
その中で、また興味深い指摘を発見することができました。私を含めあちこちで取り上げられた「アジアカップ」ネタなのですが、核心部分を引用しておきます。

「アジアカップ・ブーイング騒動とマスコミ」
(参照→http://www008.upp.so-net.ne.jp/yoshina/column/04/AsiaCupBooing.html

今回、僕が最も不快だったのは、アジアカップグループリーグ初戦から明らかに存在していた国歌中のブーイングや、反日行動を、当初マスコミが一切報道しなかったことです。そして、三戦目に日本代表監督のジーコが 「国歌演奏中のブーイングはマナー違反」 と発言した途端に、これらの報道を一斉に始めたことです。
実際、初戦と第二戦の中継でテレビ局は 「中東のチームは人気がある」、「中国のサポーターは弱い方を応援」 などのコメントをしました。(僕は事実が知りたくて TV 2台並べて見たので、NHK だったかテレビ朝日だったか、どちらだったかは忘れましたが。) これって、明らかに捏造です。結果的に報道したくない事実を説明するためにマスコミが TV中継で堂々と捏造しているわけです。
さらに、一度ブーイング報道がはじまると、全てのマスコミが一斉に報道を始めます。今度は過剰ではないかというくらい。これを見て僕がイメージしたのは、教室のイジメの構図です。イジメをはじめると、一緒に参加しないと仲間でいられないような感じ。一貫してブーイングを無視する局があってもいいのに。

もし、日本代表が予選リーグで敗退し、3試合だけで終了してしまっていたら? ジーコが何も発言していなかったら? もしかしたら、今回の反日ブーイングの報道は全くされなかった可能性すらだってあるのです。
ワールドカップの時の韓国国内の様子の報道も、明らかに十分な事実ではない偏った報道が行われました。今回も全く同じです。我々が北朝鮮のマスコミを見て感じる胡散臭さ。でも結局日本のマスコミも五十歩百歩ということになります。


マスメディアを含めあれだけ大騒ぎした割に、こういう冷静な指摘はほとんど目にしなかっただけに、まさに「目から鱗が落ちる」気分になりました。
Yoshinari氏のサイトにはスポーツ関係のコラムが多いので、純粋に「サッカーが好き」で予選から「見ていた」ゆえに気づいた点なのでしょう。
逆に言うと、あの時大騒ぎした人々の中で、本当の「サッカーファン」ってどれくらいいたのだろうか・・・正直、疑問に思えてきます。

マスメディアに限らず、見せたくないもの、見せると面倒だと思えるものを隠してしまう、そういうことはよくあることなのだと思います。
今回の中国批判の中でも、中国メディアに対するものが少なくなかったようですが、メディアの問題を安易に「政治」や「感情」に結びつけるよりは、むしろこういう“一般的な”問題として捉えた方が実態に近いはずです。

今回の件について言えば、今までメディアの作為もあって「隠されてきた実態」が突然突きつけられたわけで、それを受け止める準備の無い多くの日本人は「拒絶反応」を示さざるを得なかった、という一面もあるように思えます。
それでも、こういうことが起きたおかげで中国の「実態」の一部に触れることができた、というのはそれ以前に比べれば明らかに“一歩前進”なのではないでしょうか?
長い目で見れば、相互理解を深め、相互関係をよりよいものにする過程では必然の事件だった、と言えるかも知れません。


こうして見ると、私の日記ってつくづく「ちゃんと見ている人」のおかげで成り立っているんだなぁ・・・と思います。
「こんメディ」の主しかり、Yoshinari氏しかり、一昨日の常岡氏しかり・・・。

私個人について言えば、昨日の日記でおわかりのように、どちらかと言えば「ちゃんと見ていない人」の方に属するのではないかと思っています。
率直に言えば、自分個人の直接的見聞と知識では、ろくなことは書けない人間です。

でも、そんな人間でもネットの力を借りれば、「ちゃんと見ている人」の見識を借りて、それに共感することで、それなりの文章は書けるのですね。
ただただ、本当にただただ、そんな人たちに感謝しています。

そんな「ちゃんと見ている人」たちとネットを通じて出会い、その出会いと感動にちょっぴり自分なりのスパイスを添えて紹介すること、それこそが私の日記の原点なのかも知れないと、改めて気がついた次第です。
皆さんも、もし「ちゃんと見ている人」を見つけたら、紹介してくださいね。


・・・てなわけで、またしても長文になってしまいました。
ちゃんと読んでくださった方、本当にありがとうございました。
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by hirokira1 | 2004-08-25 20:42 | Cafesta過去ログ
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