突き詰めても、突き詰めても、つまりは不完全性思考
by hirokira1
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
カテゴリ
以前の記事
最新のトラックバック
フレーミングは終わらない
from tracker's burrow
わかってらっしゃる!!
from 俺の心のままに
ふたつの国民
from 真夜中の国語辞典語彙blog
遺書もなく去る人を止めな..
from BigBang
それでも前に進むには
from あんなこと、こんなこと。どん..
(無題)
from 日本について考える
(無題)
from 日本について考える
皇室典範改正問題と天皇制
from incompleteness..
★継ぎはぎドラマ\(^o..
from ★恋人という名の猫★猫とAr..
スローなブログにしてくれ
from 5号館のつぶやき
メモ帳
フォロー中のブログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


2004年 08月 23日
「意識の落差」を埋めるには
今日、常岡浩介氏の日記でこんなのを見つけました。

「カルチュラル・ギャップ」(その1)(その2)=8月21日付
(参照→http://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=61383&log=20040821

話は「日本唯一(?)のチェチェンからの留学生」、ティムールに常岡氏自身が書いたチェチェン関係の記事を見せたところから始まります。

初め、ティムールの変化に気付かなかった。
Aちゃんがティムールが涙を流しているのに気付いて、
「どうしたの?」と声を掛けた。
「なんでもない」とティムールはいって、「散歩してくる」と
家を出て行った。

彼が戻ってくると、私は彼に、99年にグロズヌィで撮影したVTRを見せた。
観終わると、ティムールはいった。
「どうしてPLAYBOYに記事を書いたの?」
ようやく私は理解した。
ヌードが掲載されている雑誌に、チェチェンの記事が掲載されたことに、
ティムールはイスラム教徒として憤ったのだ。
「他の雑誌はチェチェンに関心を持たなかったからだよ」
実際のところ、関心を持つ、持たない以前に、日本のメディアの
対イスラム感情は非常に偏狭だ。

強い信仰心に対して肯定的な感情を持つメディアは滅多にない。
そういう中で、少なくとも米国の雑誌PLAYBOYは、
米国内にいるイスラム人口との関わりの中で、
異なった宗教を信じる人たちに対する常識的な振る舞いとは
どういうものかを最低限理解できている。
逆にいうと、それ以外の新聞雑誌はほぼことごとく、政治的に右だとか、
左だとかいう以前に、最低限の基礎知識と、わきまえるべき常識に
欠けている。

もっとも、私個人はそれを非難できることだとは思っていない。
日本と朝鮮半島は世界でもっともイスラム教徒人口比率が低く、
判断の材料を与えられてこなかった民族なのだから。
しかし、予備知識もなく、イスラム教徒が普通に理解されるだろうと信じて
来日したティムールには、自分に対して親切な支援者たち自身にも、
イスラムに対してはなんら理解をもっていないことに気付くとき、
戸惑うだろう。

「いずれにせよ」
と、ティムールはいった。
「他のチェチェン人には、その記事を見せない方がいい。
みんなショックを受けるから」
「そうだね。そうするよ」と、私は答えた。

・・・(中略)・・・

思い込みは、誰を友人とし、誰を敵とすべきかの判断を曇らせる。
間違った判断はしばしば、イスラム世界を自ら堕落させ、
本来友人となるべき人々が無意味に敵対してしまう。
そして、イスラム世界にPLAYBOYどころでない恥知らずで
不名誉な歴史を作っていってしまう。

それでも、日本人に早急なイスラムへの認識変更を求められないのと
同様に、私はイスラム教徒にも同じような要求をするわけにゆかない
と感じている。
そもそも、神さまの前に立つのに男女を物理的に隔離するなど、
これほど破廉恥な行為があろうか?
現在、世界のほとんどのモスクは男女がともに礼拝することを禁じている。
クルアーンには男女を隔離すべきとは書いていない。
それは捏造された神の教えだ。


邪推かも知れませんが、この時常岡氏はある種の挫折感を味わったのではないでしょうか?
チェチェンというフィールドを大事にする彼の活動は、少なくとも日本人の大多数にはまともに評価されていないと言わざるを得ません。
ティムールのような、日本で暮らすチェチェン人にとって、自分の仕事はどういう意味を持つだろう・・・そんな思いは、『PLAYBOY』に対するティムールのイスラム教徒としての“価値判断”の前に門前払いされてしまうのです。

そんな“冷たい”現実を、常岡氏は自分なりに精一杯に受け止め、理解しようとしています。
後半部分などは「イスラームに改宗した日本人ジャーナリスト」だからこそ書ける文章かな、とも思いますが、不必要に一方を美化することもなく、公平かつ冷静な論評になっていると思います。


最近似たようなテーマで、理屈張った文章を書いてしまった身としては、こういう書き方ができないものかと、密かにあこがれたりするのですが・・・(苦笑)。

イスラーム世界ほど価値観に落差があるわけでもない隣人に対しても、やたらと「理解してもらえない」ことに苛立ったり、その反対に身勝手な「偏見」を押しつけたりする日本の現状を見るにつけ、こういう意見がもっと脚光を浴びるようになることをひたすら願う次第です。

「ギャルギャル日記」もいいけれど、こういうのを見つけると、毎日チェックしていた甲斐があったと心から思いますね(笑)。
[PR]
by hirokira1 | 2004-08-23 21:35 | Cafesta過去ログ
<< いつでもどこでもつながるって・・・ イラク人質をめぐるパウエル発言... >>