突き詰めても、突き詰めても、つまりは不完全性思考
by hirokira1
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2004年 08月 08日
センター試験訴訟と「強制連行」(下)
時間が空いてしまったのですっかり忘れていましたが、積み残しのテーマについて、ひとまずまとめておきます。

前回までの流れで、残された論点は「強制連行」の史実としての是非のみ、ということになっていたはずです。
ここでは念のため、平成十六年一月二十七日付で出された、「大学入試センター試験の「強制連行」に関する設問についての公開質問状」から、関連する部分を引用することにします。

c. ここで使われている「強制連行」という奴隷狩りを連想させる用語は、戦後になってから日本を糾弾するための政治的な意味合いをもって造語された言葉であって、事実をあらわすものではない。日本統治下の朝鮮においては、「国民徴用令」にもとづく徴用が一九四四年九月から実施された。センター試験の設問は、対応する歴史的事実としては、この徴用を想定していると推定される。しかし、当時は朝鮮半島の人々も日本国民だったのであり、徴用は国家による合法的行為であった。この設問は、日本政府が第二次大戦中、朝鮮人の奴隷狩りを行ったという虚構の歴史を、大学受験という制度を利用して日本国民に押しつけようとするものである。

(参照→http://www.tsukurukai.com/01_top_news/file_news_ct/q_040127.html

一見しただけでも、
「「強制連行」という奴隷狩りを《連想させる》用語」
「この徴用を想定していると《推定される》」(以上、《》は筆者による補足)

など、論理展開の強引な表現が見受けられます。
この二カ所は「強制連行」否定論の根幹に関わる部分であり、同時に重大な誤解をはらむ(もしくは誤解へと誘導する)部分なのですが、これらの表現が何故“誤解”なのかを証明するにはちょっとした知識が必要になります。

当初は私自身で証拠を集めて反論するつもりだったのですが、何分素人故、払うべき労力は相当の物です。
この件については、ネット上に公開されている学術論文を見つけることができましたので、その論旨を紹介する形でc.への反駁とさせていただきます。


一橋大学非常勤講師の外村大氏による「朝鮮人強制連行―その概念と史料から見た実態をめぐって―」は、今回のセンター試験訴訟を受けて執筆されたこともあり、「つくる会」の朝鮮人に対する「強制連行」否定論に対して十全な反証となっています。
(参照→http://www.h2.dion.ne.jp/~kyokasho/sotomura.html
ただし、何分専門家による学術論文ですから、いくらウェブ上に公開されているとはいえ、「ざっと一読してください」というには気が引けます(とはいえ、大卒程度の教養があれば理解できないということはまずないはずですが^^;)。

「つくる会」の活動を見ていると、自らの見解を世の中に認めさせるに当たって、
(1) 学界における学術的議論を通じて通説的理解を変えさせる。
(2) 社会の多数派を取り込み、一般人の共通認識として受け入れさせる。
(3) 自説を主張し続けることで一つの見解として一定のポジションを獲得する。

という選択肢のうち、少なくとも(1)についてはほぼ放棄しているように見受けられます。
つまりは学術的議論に耐えない主張でも、より知識の乏しい一般人向けであればそれなりに支持を得られる、一定の支持を得ることで自らの主張の“正当性”を確保しよう、そういう戦略を採っていると考えられるわけです。

「つくる会」があくまでも一般向けの影響力を確保しようと動いているのに、それに対する反論が純然たる学術論文では、やや不親切という印象は否めません。
そもそもこの論文の存在に気づくまでが大変ですし・・・(^^;
そこで、僭越ながら外村論文の概要を以下にまとめてみることにします。

--------
【はじめに】
 歴史研究における「朝鮮人強制連行」(以下、「強制連行」)の整理と検討という問題設定

【1、 朝鮮人戦時動員の諸形態と「朝鮮人強制連行」の概念規定】
 「つくる会」は「強制連行」の定義の“不統一”を問題にしているが、定義のコアの部分が共有されていれば議論上問題にならない。研究者の執筆になる歴史事典等の記述内容を見ても、1939年以降の朝鮮人動員(「募集」「官斡旋」「徴用」などの形態を包括する)を一貫して「強制連行」と呼ぶという“共通認識”が確認できる。

【2、 国民徴用令の適用による動員とそれ以外の動員の同質性と異質性】
 「つくる会」は「徴用」と「募集」「官斡旋」を区別して前者のみを「強制連行」に相当すると解釈しているが、6.で確認するように「募集」「官斡旋」の場合も公権力による「強制」が働いている。また曲がりなりにも国家が責任を負う「徴用」に比べ、それ以外のケースはむしろ動員される朝鮮人にとってより深刻な状況を強いるものであったと考えられる。

【3、「59年外務省見解」と「03年外相答弁」の問題点】
 「強制連行」否定論の根拠の一つとなっている政府見解の内容を整理し、その問題点を指摘、「強制連行」の有無を判断する根拠としては不十分なものであることを確認する。

【4、「強制連行」概念を混乱させているのは誰か?】
 北朝鮮が「840万人強制連行」を主張しているという言説に対して、北朝鮮の「840万人」は「朝鮮の人々を軍人や労働者として強制的に徴発した」人数であること、川口外相の答弁などでも同様に述べられているのに、それを日本への“奴隷狩り”と曲解しているのはむしろ「つくる会」側であることを示している。

【5、戦後日本における「朝鮮人強制連行」の用語の成立の背景】
 「つくる会」が「強制連行」の用語は「戦後になってから日本を糾弾するための政治的な意味合いをもって造語された」と主張していることに対し、この用語の普及に一役買った朴慶植が「強制連行」の研究に着手する経緯とその真意を紹介し、「つくる会」の主張が的はずれであることを述べる。

【6、史料を通じて見た「朝鮮人強制連行」の実態】
 「強制連行」の実態について、同時代史料に依拠してその実態を検討する。「募集」や「官斡旋」と言いながら、現地においては行政機関が直接関与しており、その「強制」性は明らかである。物理的・暴力的に朝鮮人の「連行」がしばしば行われていたと共に、労務に従事する朝鮮人たちへの扱いも全く人権を無視したものであることが確認される。

【おわりに】
 以上の検討を踏まえて、「つくる会」の「日本政府が第二次大戦中、「強制連行」を指令した文書をお示しいただきたい」(前述公開質問状第二条)という要求が「強制連行」の是非を議論する際意味をなさないことを確認し、その上で今後の研究の展望を述べる。

--------

あ〜、つかれた(苦笑)。

これだけ重厚な論文を見せられると、自力で反証を挙げようと思っていたことの無謀さが身にしみますね。
まあ、この手の問題で誰もが専門家になる必要などないのです。
最低、専門家の意見を見つけ出して論理的に読み解く力があれば、何とかなるのですね。
興味をお持ちの方、あるいはよっぽど暇な方(爆)は、論文の本文もお読みいただければと思います。

まさか、ここまで自明の訴訟で、「つくる会」側が勝ってしまうなんてことはないでしょうが・・・最近の日本の裁判所はちょくちょく疑問符の付く判決を出したりするので、安心はできません(^^;



最後に、こんな長ったらしい文章を全部お読みくださった方に、厚く厚く御礼を申し上げる次第です。
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by hirokira1 | 2004-08-08 19:06 | Cafesta過去ログ
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