突き詰めても、突き詰めても、つまりは不完全性思考
by hirokira1
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2004年 07月 20日
放送法と「自民党チャンネル」
最近は忙しすぎるせいか、“粋”な話題になかなか行き当たらない(←しゃれではないので、念のため^^;)。
まあ、今まで扱ってきたテーマで“粋”なものがいくつあったか考えると、それはそれで判断に困るのだが・・・(苦笑)。

で、今朝目についたニュースがこれ。
「放送法:自民が改正を検討 政治的公平の削除狙う」
(参照→http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20040720k0000m010134000c.html

冒頭の記述は、以下のようになっている。





自民党が、メディアの政治的中立を定めた放送法を改正する方向で検討を始めた。同法の「政治的公平条項」を削除し、党の見解などをアピールする専用チャンネルを設けたり、特定の政治的立場にある放送局でも新規参入を認めることが狙い。8月中にも放送法改正案をまとめ、秋の臨時国会に議員立法での法案提出を目指す。公明党にも同調を呼びかける考えだ。

自民党のPRだけを目的とした、言うなれば「自民党チャンネル」をつくるにあたり、その法律的障害となっている「政治的公平条項」を排除しようとする具体的な動きを見せた、という記事である。

記事の中では、「政治的公平条項がなくなれば、政治報道は各局の自由裁量になる」というメリットにも触れている。確かに局ごとの立場を明確に打ち出せるようになれば、テレビを通じて得られる情報の多様性にもつながるかも知れない。
しかしながら、現在の日本の状況では、恐らくそんなバラ色の展開は望めそうにない。

この記事の後半部分でも指摘があるが、放送免許の許認可を一手に握っているのが総務省であり、政権与党である。従って現在のテレビがこういった権力に対して十分な批判能力を持たないからといって、その責任をテレビ局やテレビ関係者だけに押しつけるわけにはいかない。

放送法における「政治的公平条項」は確かに放送事業者に対して「政治的公平」を義務づけるものであるが、それと同時に放送事業者を監督・指導する者(上記の公権力ですな)に対しても放送の「政治的公平」を保障するよう求めていることを忘れてはなるまい。

これまでの自民党の一連の行動を見ても、後者の意義を完全に捨象していることは明らかだ。この条項を削除することによって、テレビがますます政権与党と官僚組織に媚びを売らなければならなくなるとすれば、そのような事態は何としても避けなければならない。

「政治的公平事項」削除による恩恵を被るためには、まず政府・与党による放送免許の許認可制度を改め、放送メディアの自主性・自立性を保障しうる体制を整える必要がある。しかし、それは自民党が目指すメディア戦略とは相容れないことは明白なのだが・・・。

たとえ「自民党チャンネル」が現実のものとなったとしても、それ自体は自民党の支持回復にはさしたる効果はないと思う。ただし、このような「自民党チャンネル」を使って悪巧みを働こうとすればいろいろなことが可能になるだけに、そのしわ寄せが来ないよう、監視し続ける必要はありそうだ。
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by hirokira1 | 2004-07-20 22:20 | Cafesta過去ログ
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