| 半角英数記号のみのコメント・トラックバック拒否設定について |
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3ヶ月余の御無沙汰でした。
無人状態のこんなブログにもときどきお立ち寄りいただく方がいらっしゃるわけで、ろくなおもてなしもできず、申し訳ありません。 さて、表題の通り、当ブログへのリンクを含まないトラックバックを受け付けない設定に変更いたしました。 続きを読む... |
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| リンクなしトラックバックの拒否設定について |
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表題の通り、当ブログへのリンクを含まないトラックバックを受け付けない設定に変更いたしました。
最近やってくるトラックバックスパムは大抵デタラメなURLのようなので、うっかりクリックしても深刻な被害を被るというわけではないのですが、いちいち削除するのがうっとおしく、設定変更に踏み切ることといたしました。 私個人としては、別にいちいちリンクを張っていただかなくても、関連するエントリからのTBは大歓迎なのですが…。 なお、エキサイトブログ内であれば、リンクがなくてもTBを送っていただくことは可能だそうです(って、もうみなさんご存じですよね)。 というわけですので、今後ともよろしくお願いいたします。 |
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| MANTAさんへのお答え~靖国問題の「公私」定義について |
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| 靖国問題の「問題」を解きほぐすには |
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随分と放置状態が続いてしまった。
「そのうち時間が出来たら」更新しようと思いながら、春が過ぎ、夏が過ぎ…。 もう「多忙」でなくなる日はやって来そうにないけれど、このブログに関しては思い付いた時にたまに書く、不定期更新ブログとして細々と続けていこうと思う。 さて、いくつか棚上げのテーマがあるのだが、今回はちょっと気にかかっているエントリについて。 『So-net blog:海の研究者』:「靖国問題の「問題」」 『5号館のつぶやき』「オカルトと議論することの不毛」 経由で読ませていただいたのだが、その中でのMANTAさんの論の進め方について、どうにも気になるところがあるので、改めて考えてみたい。 続きを読む... |
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| ジャーナリズムの「評価」 |
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一言で言うと、ついてゆけない。
どうして、そこまで熱くなれるのだろうか? 「既視感」という言葉も思い浮かんだのだけれど、例えばWikipediaで「既視感」を見てみると冒頭で 既視感(きしかん、Deja vu)は、一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したように感じること。 デジャヴ、デジャビュ。 などとあるので、ここで使うのはちょっと違う気がする。 むしろ、手を変え品を変え間断なく見せられ続けている構図が、ここでもまた繰り返されているという印象を受ける。 続きを読む... |
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| これからのGripBlogに向けて |
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泉あいさんの『GripBlog』が移転作業中。
移行が完了したら、新しい拠点での活動が始まるのだろうか。 【4/9 追記 新しい『GripBlog』のサイト変更に伴い、リンク先変更しました。】 これに対して、『tracker's burrow』のAaさんが「人の善意を前提としたシステムの結末:GripBlogの移転によせて」というエントリを寄せている。 Aaさんとは違って、私自身は『GripBlog』とそれほどの関わりがあったわけでもなかったのだけれど、こういうエントリを書いた手前、「袖刷りあうも他生の縁」ということで、ここしばらくの間に感じたことなどを書きとめておこうと思う。 続きを読む... |
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| 個人情報の扱いに対する基準とは? |
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まとまった時間が取れないと、あれやこれやと書きたいテーマがあってもなかなか書けなくて、どんどん滞ってしまう。
今の私がまさにそういう状態。 けれども、たまには、「脊髄反射」というのをやってみようかと思う。 以下、『5号館のつぶやき』経由で知った事件についての、とりあえずの感想を記しておきたい。 続きを読む... |
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| 皇室典範改正問題と天皇制 |
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皇室典範改正問題を巡り、いろいろと騒がしい。
愛子さまが本格的に教育を受け始める前に女性天皇への道を開くべきだとか、万世一系男系相続は日本の伝統文化だとか、秋篠宮の第三子誕生を見極めてから議論すべきだとか、圧倒的な力を持っていたはずの小泉首相が思わぬ苦戦を強いられたとか。 聞きかじりで何か書くのは気が引けるので、とりあえずGoogle Newsで検索してみたのだが、「皇室典範」で849件もヒットしたので、即断念。 もっとも、この件については昔書いたこの文章で、ほぼ言い尽くした感があったのだが・・・。 続きを読む... |
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| 今さらながら新年の抱負を |
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| トートロジーな説明について |
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仮に、「 ax + b = c 」という式があるとする。
これを例えば x について展開して、「 x = ( c - b ) / a 」などとするのは、もちろん数学的論理として通用する手続きである。 しかし、この ax + b = c が c について「 c = ax + b 」であることを利用して、 「 ax + b = c の c に ax + b を代入すると、左辺と右辺が等しくなる。 従って、この式は何の意味も持たない無内容の式である。」 というような説明があれば、誰が見ても「これは変だ」と思うだろう。 もしこのような論理展開を認めるならば、いかなる式に対しても「この式は何の意味も持たない無内容の式」であるということになるからだ。 従って、上の説明の前半部分は「トートロジー」であり、それを根拠として後半部分のような判断を下すことは「誤り」となる。 続きを読む... |
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